新唐書卷一百七十二 列傳第九十七 杜亞

杜亞

  • 字は次公、京兆の人と自称。肅宗の靈武で時政を論じる上書を行い校書郎。杜鴻漸の河西幕府、山南・劍南副元帥府の判官(楊炎と同僚)を経て諫議大夫。
  • 宰相の地位を望み、李棲筠に取り入った。元載誅殺の弾劾に劉晏らと加わり給事中。常袞に憎まれ江西観察使に出た。徳宗即位で召還されるが、性急な自己主張で不興を買い陝虢観察兼転運使に降格、河中に転じ、劉晏事件に連座し睦州刺史に貶された。
  • 興元初、刑部侍郎から淮西節度使。灌漑・堤防整備で民を潤したが、前任陳少遊の重税を引き継ぎ煩雑な徴収を続けた。宰相への未練から実務を怠り宴楽に耽り、龍舟競渡の贅を尽くした逸話(李衡に「桀紂もこれ以上でない」と皮肉られた)が残る。財政は破綻した。
  • 貞元中、竇参に憚られ検校吏部尚書として留守東都。半身不随ながら苑内の営田を進言し許可されたが、実際には民の負担を増す結果となり流亡を招いた。中人への賄賂で河南尹兼任を図るも徳宗に見破られ董晉に代えられた。病没、享年74、贈太子少傅、諡は肅。