新唐書卷一百六十八 列傳第九十三 陸質

陸質

  • 字は伯沖。七代祖の陸澄は梁の名儒。呉に代々居住した。趙匡に『春秋』を学び、趙匡は啖助に学んだ系譜を継承。陳少遊の淮南幕府から朝廷に推挙され左拾遺、左司郎中、信・台二州刺史を歴任。
  • 韋執誼と親しく、執誼が叔文に付いて権勢を握ると給事中に召され、憲宗(当時皇太子)の侍読となった(本名淳を太子の諱を避け質と改名)。執誼は太子の警戒を解くため質を侍読に配したが、質の政治的な発言に太子は「陛下が先生に講学させたのに、なぜそれ以外を語るのか」と怒った。
  • 執誼の失脚前に重病を患い、即位した太子(憲宗)から見舞いを受けた。没後、門人らが「文通先生」と私諡した。著書多数が世に伝わった。