新唐書卷一百六十四 列傳第八十九 衞次公
衞次公
- 衞次公、字は從周。河中河東の人。翰林学士として、徳宗崩御時の皇太子擁立問題で「太子は久病でも冢嫡、必ず広陵王を立てるべき」と鄭絪と共に議を定めた重要な役割を果たした。
- 順宗即位後、王叔文の専横に鄭絪と共に抗した。陝虢観察使として横税を軽減し、英公李勣・徐有功の子孫の不遇を救った。淮南節度使を経て道中で病没、66歳、太子少傅・諡敬を贈られた。琴の名手だったが権貴の求めを断って以後は弾かなかった。
次公子 洙
- 衞洙は臨真公主の駙馬となり、義成節度使に至った。