新唐書卷一百五十九 列傳第八十四 李自良
李自良
- 李自良、兗州泗水の人。兗鄆節度使能元皓に仕え、袁傪の袁晁討伐に従軍。浙東薛兼訓の牙将となり、太原に移った。鮑防が回紇討伐で伯瑜を派遣した際「遠来の敵とは戦わず塁を築いて待つべき」と献策したが容れられず、伯瑜は百井で大敗、自良の見識が評価された。
- 馬燧に用いられ軍候となり、田悦討伐・李懐光討伐で数々の戦功を挙げた。貞元3年(787年)、燧の兵権解任に伴い自良が後任となったが、旧主への遠慮から辞退を試み、右龍武大将軍を経て検校工部尚書・河東節度使となった。9年間の治世は簡素で軍民ともに調和し、官職のまま没した。