新唐書卷一百五十六 列傳第八十一 韓遊瑰

韓遊瑰

  • 韓遊瑰、霊州霊武の人。郭子儀の裨将として仕え、安禄山の乱で阿史那従礼の煽動した同羅・突厥の反乱を平定した。邠寧節度留後に進んだ。
  • 奉天避難の際、慶州刺史論惟明と共に馳せ参じたが、硃泚軍と遭遇し監軍翟文秀の反対を押し切って奉天に入城、防戦の主力となった。仏寺の木材で作った攻城具を火計で焼き払うなど巧みな戦術で功第一とされた。
  • 李懐光が誘いをかけると、遊瑰はその書を帝に開示して忠義を示した。帝の問いに対し「懐光の権を諸将に分与すれば乱は防げる」と的確な策を進言した。懐光の再度の誘いに対応する渾瑊との誤解から一時対立もあったが、邠州で張昕を討ち反乱計画を未然に防いだ。
  • 邠寧節度使として渾瑊・戴休顔と共に京西の要害を扼し、咸陽で泚軍を破った。李懐光討伐でも功を重ね、蒲城包囲戦の末、懐光は自ら首を縊った。
  • 貞元2年(786年)、吐蕃侵入に対し安化で夜襲策を用いて大勝、鹽州奪還を進言。平涼の盟の変でも警戒態勢で虜の企図を挫いた。子の欽緒が謀反に連座した際は自ら罪を求めたが赦された。晩年、豊義築城の失敗で猜疑を招き、范希朝の追放を図って失脚し、右龍武統軍として没した。諡は襄。
  • 反乱を企てた李広弘一党は、董昌らと結んで挙兵を謀ったが露見し、李循・李傪の密告で捕らえられ誅殺された。