新唐書卷一百四十四 列傳第六十九 侯希逸
生涯
- 侯希逸は営州の人、長身で異相。天宝末、保定城守備の裨将。安禄山反乱時、送られてきた宦官韓朝易を斬って忠誠を示した。安東都護王玄志と共に賊の任じた徐帰道を斬り、玄志の平盧節度使就任を朝廷に奏した。玄志死後、副将李正己と共に推されて節度使となり、賊との戦いで功を上げるも孤軍で援軍なく、平盧軍二万を海路青州に移した(平盧は陥落)。粛宗は平盧・淄青節度使とした。史朝義討伐にも参加し工部尚書検校、淩煙閣に画像を掲げられた。
- 治世は当初良好だったが、後に狩猟や仏教に耽り民を苦しめた。李正己に閉め出され滑州に奔り、召還されて尚書右僕射・知省事。大暦末、淮陽郡王。建中2年(781年)、司空を拝命する前に62歳で死去、子に実封の返上を遺言し太保を追贈された。