新唐書卷一百四十三 列傳第六十八 戴叔倫
生涯
- 戴叔倫は字を幼公といい、潤州金壇の人。蕭穎士に師事し門人の筆頭であった。劉晏の塩鉄運輸を湖南で管掌中、楊子琳の脅迫にも「身は殺せても財は奪えない」と屈しなかった。嗣曹王李皋の幕府で撫州刺史代理を務め、灌漑均等法を制定し民に便益をもたらした。譙県男に封じられ金紫服を加えられた。
- 齐映・劉滋への政策提言で「県令・録事参軍事の人事は中書・門下省が資格年限にとらわれず功績で決めるべき」と主張し重視された。容管経略使として夷落を懐柔し威名を上げた。徳宗の『中和節詩』賜与を受けた。任地からの帰途、58歳で死去。