新唐書卷一百四十一 列傳第六十六 衞伯玉
生涯
- 衞伯玉は出自不詳。若くして武技を学び力があった。天宝中、安西府から積功で員外諸衛将軍に至る。粛宗即位に際し功を立てることを願い、神策兵馬使として陝州行営に出鎮。乾元2年(759年)、賊将李帰仁の五千騎を強子阪で破り馬六百匹を得た。羽林大将軍に遷り、四鎮・北庭行営節度使、のち神策軍節度使を務めた。史思明の子朝義が陝を夜襲した際、永寧でこれを破った。特進、河東郡公。
- 広徳元年(763年)、代宗の陝幸に際しその才幹を認められ荊南節度使、城陽郡王に進んだ。大暦初、母の喪により交代すべきところを部下が引き留め、再び荊南節度に留任したことに議論があった。大暦11年(776年)京師に帰り、まもなく没した。