新唐書卷一百三十四 列傳第五十九 楊慎矜

讖書事件で滅んだ名門

  • 楊慎矜、隋斉王楊柬の曾孫。祖父正道は蕭后に従い突厥に入り帰国後尚衣奉御。父隆礼は太府卿として厳格な会計管理で知られ90余歳で致仕。
  • 慎矜は沈毅で才幹あり、汝陽令から監察御史、太府出納を管理。慎余・慎名の兄弟とともに玄宗に父の後継として登用された。
  • 侍御史知雑事として物品輸送の負担を州県に転嫁する制度を始めた。天宝2年、御史中丞・京畿采訪使を経て李林甫に忌まれるも中丞・鋳銭使に。韋堅の獄では姿勢が曖昧だったため王鉷・李林甫の双方に不満を持たれる。
  • 父の墓の異変を憂い胡人史敬忠に厭勝を頼み、婢春草を売却したことが発端で楊貴妃の姉に取り入られた婢が玄宗に密告、李林甫・王鉷が讖緯・妖言・隋室復興の企みを捏造し弾劾。刑部尚書蕭炅らの雑訊、盧鉉の讖書捏造を経て慎矜・張瑄は死を賜り、慎餘・慎名も自害。一族の悲劇的な最期の様子が詳しく伝わる。寶応初、名誉回復し官爵を復された。