新唐書卷一百十六 列傳第四十一 李懷遠

清簡の宰相

  • 邢州柏仁の人。縁故による高い蔭位を辞退し「人の勢いに頼るのは高士の恥」と述べた。本州刺史・揚益二都督府長史などを歴任、清簡な統治で知られた。鸞台侍郎同鳳閣鸞台平章事、左散騎常侍同中書門下三品・趙郡公。
  • 富貴を得ても粗末な馬に乗り「馴れた馬に乗るだけで駿馬は望まぬ」と語った逸話が伝わる。神龍二(706年)年没し帝自ら祭文を作り、侍中・諡成を贈られた。

懷遠子 景伯

  • 子景伯は諫議大夫として中宗の宴で唯一箴規(戒めの言葉)を込めた『回波詞』を詠み「真の諫官」と評された。太子右庶子として都督府の権限集中の弊害を指摘し、都督府廃止を実現させた。

景伯子 彭年

  • 景伯の子彭年は中書舎人・吏部侍郎として李林甫と親しく、山東の名族との婚姻を利用し出世したが、選挙を7年掌る間に贓罪で臨賀郡に流された。安禄山の乱で偽官を強いられ憂憤のうちに死し、礼部尚書を贈られた。