新唐書卷一百十二 列傳第三十七 蔣欽緒
中宗郊祀での抗論
- 萊州膠水の人。太常博士として中宗の郊祀における皇后亜献論(祝欽明の提案)に唯一反対を貫いた。
- 吏部員外郎として人材推薦に熱心で、韓琬を抜擢した逸話が伝わる。開元十三(725年)年、御史中丞として河南の囚人を審理し窮民を救済した。
子 沇
- 子の沇は監察御史として兄演・溶、弟清と共に才吏の誉れを得た。陸渾・盩厔等の県令を歴任し善政を行い、長安令から大理卿に至った。徳宗の奉天行幸に際し賊に捕らえられても偽官就任を拒み節を守った。74歳で没し工部尚書を贈られた。
- 弟清は東京留守李憕の判官として安禄山の乱で憕と共に死し、太和初に忠と諡された。