新唐書卷一百九 列傳第三十四 竇懷貞
韋后・太平公主への阿附
- 左相竇徳玄の子。清河令などを経て越州都督・揚州長史。中宗の勧めで韋后の乳母(莒国夫人)を娶り、自ら「皇后阿赩」と署名するなど媚びへつらいで知られた。宗楚客・安楽公主に付き従い名声を失ったが、韋后敗死後は妻を斬りその首を献じて保身を図った。
- 睿宗期、太平公主に取り入り、金仙・玉真二公主のための観の造営に奔走。玄宗の内禅後は左僕射・魏国公に進むが、太平公主の謀反に加担し、事敗れて投水自殺、屍は戮され毒氏と改姓された。ただし俸禄は親族に分与し貯えを残さなかったという。
- 中人(宦官)への阿諛が甚だしく、監察御史魏傳弓の弾劾を制止した逸話が伝わる。従子兢は郪令として善政を行った。