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新唐書
卷一百六 列傳第三十一 孫處約
辞退の美風
汝州郟城の人、初め道茂と称した。斉王祐の記室として諫言を尽くし、後に中書舎人に抜擢された。高宗の「処約一人で十分」との評で舎人の増員は見送られた。麟德元(664年)年、西台侍郎同東西台三品。少司成として致仕。
子 佺
子佺は幽州都督として奚の李大酺討伐にあたったが偽って懐柔を装い軍を失い、大敗の末に処刑された。
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