新唐書卷一百六 列傳第三十一 崔知溫
辺境統治
- 許州鄢陵の人。左千牛から靈州司馬に進み、渾・斛薩の諸部を河北へ移すよう建言し、十五回の上疏を経て実現、農耕の利をもたらした。
- 蘭州刺史時代、党項羌三万の侵攻を城門を開いたままの計略で防ぎ、将軍権善才と協力して大破した。
- 尚書左丞・黄門侍郎を歴任し国史を修め、永隆初(680年)年に同門下三品となり中書令に至る。57歳で没し、幽州大都督を贈られ諡は忠。子の泰之は工部尚書、諤之は少府監に至った。
兄 知悌
- 兄の知悌も中書侍郎に至り、裴行儉の突厥討伐を助けて定襄を安定させる功があった。終官は戸部尚書。