新唐書卷九十四 列傳第十九 張亮

李密の旧部から工部尚書へ、謀反の疑いで誅殺

  • 張亮、鄭州滎陽の人。李密・李勣に仕えた後、房玄齡の推挙で秦王府車騎将軍。玄武門の変に先立ち山東の豪傑と連絡する任務を担い、斉王元吉の讒言に耐え忍んだ。工部尚書・刑部尚書を歴任し、平壌道行軍大総管として高麗遠征に従軍したが、并州で謀反の罪により捕らえられた。妻李氏の妖言(讖言「弓長の主」に基づく野心)や、養子五百人を蓄えていた疑惑が発端で、太宗は「養子五百とは何のためか、まさに反逆であろう」と断じ、西市で処刑された。