新唐書卷六十九 表第九 方鎮六

方鎮六(衡州・黔州・嶺南・邕管・容管・桂管・安南)

底本は西暦710年(景雲元年)から907年(天祐四年)までを年ごとの行、衡州(後に湖南)・黔州・嶺南・邕管・容管・桂管・安南の七方鎮を列とする表である。方鎮の設置・改称・昇格・廃止・管轄州の増減のみが記載され、変化のない年は空欄となっている。以下は記事のある年のみを抜き出し現代語で示す(数値・地名・官号はすべて底本のとおり)。

  • 710年(景雲元年)桂管: 桂州には、開耀年間以後に管内経略使が置かれ、桂・梧・賀・連・柳・富・昭・蒙・嚴・環・融・古・思唐・龔の十四州を管轄し、桂州に治所を置いた。
  • 738年(開元二十六年)黔州: 黔州に五溪諸州経略使を置いた。
  • 751年(天寶十載)安南: 安南管内経略使を置き、交・陸・峰・愛・驩・長・福祿・芝・武峨・演・武安の十一州を管轄し、交州に治所を置いた。
  • 755年(天寶十四載)黔州: 五溪経略使が守捉使の管轄を加えた。
  • 755年 邕管: 邕州管内経略使を置き、邕・貴・橫・欽・澄・賓・嚴・羅・淳・瀼・山・田・籠の十三州を管轄し、邕州に治所を置いた。
  • 755年 容管: 容州管内経略使を置き、容・白・禺・牢・繡・黨・竇・廉・義・鬱林・湯・巖・辯・平琴の十四州を管轄し、容州に治所を置いた。
  • 756年(至德元載)嶺南: 五府経略討撃使を嶺南節度使に昇格させ、廣・韶・循・潮・康・瀧・端・新・封・春・勤・羅・潘・高・恩・雷・崖・瓊・振・儋・萬安・籐の二十二州を管轄し、廣州に治所を置いた。
  • 757年(至德二載)衡州: 衡州防禦使を置き、衡・涪・岳・潭・郴・邵・永・道の八州を管轄し、衡州に治所を置いた。
  • 758年(乾元元年)衡州: 衡州防禦使が郴州の管轄を止めた。
  • 758年 嶺南: 韶・連・郴三州都団練守捉使を置き、韶州に治所を置いた。
  • 758年 邕管: 邕州管内経略使が都防禦使を兼ね、羅州の管轄を加えた。
  • 758年 安南: 安南管内経略使を節度使に昇格させた。
  • 759年(乾元二年)衡州: 涪州は荊南節度使に、岳州は鄂岳団練使に属した。
  • 759年 邕管: 邕州管内都防禦経略使を節度使に昇格させた。
  • 759年 容管: 容州管内経略使が都防禦使を兼ねた。
  • 760年(上元元年)邕管: 邕州管内節度使を廃し、都防禦経略使を置いた。
  • 760年 容管: 容州経略都防禦使を観察使に昇格させた。
  • 761年(上元二年)衡州: 衡州防禦使を廃した。韶・連・郴都団練使も廃し、三州は嶺南節度に復した。羅・潘の二州は邕管観察使に属した。
  • 764年(廣德二年)衡州: 湖南都団練守捉観察処置使を置き、衡・潭・邵・永・道の五州を管轄し、衡州に治所を置いた。
  • 764年 邕管: 邕州管内都防禦使を廃し、管轄州は桂管経略使に属させた。
  • 764年 桂管: 桂邕都防禦・観察・招討・処置等使を置き、邕管の諸州の管轄を加えた。
  • 764年 安南: 安南節度使を鎮南大都護・都防禦・観察・経略使に改めた。
  • 766年(大暦元年)安南: 鎮南を安南と改称した。
  • 769年(大暦四年)衡州: 湖南観察使が治所を潭州に移した。
  • 769年 黔州: 辰・溪・巫・錦・業五州都団練守捉観察処置使を置き、辰州に治所を置いた。
  • 770年(大暦五年)邕管: 邕州管内都防禦使を復置した。
  • 770年 桂管: 桂管観察使が邕管の諸州の管轄を止めた。
  • 773年(大暦八年)邕管: 邕州管内都防禦使が桂管の諸州の管轄を加えた。
  • 773年 桂管: 桂管観察使を罷め、諸州は邕管に属させた。
  • 777年(大暦十二年)黔州: 黔州経略招討観察使を置き、黔・施・夷・辰・思・費・漵・播・南・溱・珍・錦の十二州を管轄し、黔州に治所を置いた。
  • 780年(建中元年)容管: 容管観察使が順・籐の二州の管轄を加えた。
  • 781年(建中二年)容管: 平琴州を省いた。
  • 785年(貞元元年)黔州: 黔州観察使が治所を辰州に移し、獎・溪の二州の管轄を加えた。
  • 785年 邕管: 邕州都防禦使が桂管の諸州の管轄を止め、潯州の管轄を加えた。
  • 785年 桂管: 桂管経略招討使を復置した。
  • 787年(貞元三年)黔州: 黔州観察使が治所を黔州に復した。
  • 791年(貞元七年)桂管: 桂管経略使が招討使の兼帯を止めた。
  • 805年(永貞元年)邕管: 瀼・田・山の三州を省いた。
  • 806年(元和元年)嶺南: 嶺南節度が潘・辯の二州の管轄を復した。
  • 806年 邕管: 邕州管内都防禦観察経略使が懐遠軍使の管轄を加えた。嚴州は容管観察使に、羅州は嶺南節度に属した。
  • 806年 容管: 辯州は嶺南節度に、嚴州は桂管観察に属し、湯州を省いた。
  • 806年 桂管: 桂管経略使が巖州の管轄を加えた。
  • 808年(元和三年)黔州: 黔州観察が涪州の管轄を加えた。
  • 820年(元和十五年)邕管: 邕管経略使を廃した。
  • 822年(長慶二年)邕管: 邕管経略使を復置した。
  • 848年(大中二年)黔州: 涪州は荊南節度に属したが、まもなく黔州観察に復した。
  • 860年(咸通元年)邕管: 邕管経略使が容管十一州の管轄を加えたが、まもなくすべて手放した。
  • 860年 容管: 容管観察使を廃し、管轄していた十一州は邕管経略使に属させたが、まもなく復置し、管轄州は元のとおりとした。
  • 862年(咸通三年)嶺南: 嶺南節度を東西の二道に分け、嶺南節度を嶺南東道節度と改めた。
  • 862年 邕管: 邕管経略使を嶺南西道節度使に昇格させ、蒙州の管轄を加えた。
  • 866年(咸通七年)安南: 安南都護を静海軍節度使に昇格させた。
  • 883年(中和三年)衡州: 湖南観察使を欽化軍節度に昇格させた。
  • 885年(光啓元年)衡州: 欽化軍節度を武安軍節度使に改めた。
  • 890年(大順元年)黔州: 黔州観察使に武泰軍節度の号を賜った。
  • 895年(乾寧二年)嶺南: 嶺南東道節度に清海軍節度の号を賜った。
  • 897年(乾寧四年)容管: 容管観察使を寧遠軍節度使に昇格させた。
  • 898年(光化元年)黔州: 漵州は武貞軍節度に属した。
  • 900年(光化三年)桂管: 桂管経略使を静江軍節度使に昇格させた。
  • 903年(天復三年)黔州: 武泰軍節度が治所を涪州に移した。