新唐書卷六十八 表第八 方鎮五
方鎮五(東川・淮南・江東・浙東・福建・洪吉・鄂岳沔)
底本は西暦710年(景雲元年)から907年(天祐四年)までを年ごとの行、東川・淮南・江東・浙東・福建・洪吉・鄂岳沔の七方鎮を列とする表である。方鎮の設置・改称・昇格・廃止・管轄州の増減のみが記載され、変化のない年は空欄となっている。以下は原表の構成を保ったまま、記事のある年のみを抜き出し現代語で示す(数値・地名・官号はすべて底本のとおり)。
- 733年(開元二十一年)福建: 福建経略使を置き、福・泉・建・漳・潮の五州を管轄し、福州に治所を置いた。
- 734年(開元二十二年)福建: 福建経略使が汀州の管轄を加え、漳・潮の二州は嶺南道経略使に属した。
- 742年(天寶元年)福建: 福建経略使が漳・潮の二州の管轄を復した。
- 751年(天寶十載)福建: 漳・潮の二州は嶺南経略使に属した。
- 756年(至德元載)淮南: 淮南節度使を置き、揚・楚・滁・和・壽・廬・舒・光・蘄・安・黄・申・沔の十三州を管轄し、揚州に治所を置いた。まもなく光州は淮西に属させた。
- 757年(至德二載)東川: 剣南東川節度使を置き、梓・遂・綿・剣・龍・閬・普・陵・瀘・榮・資・簡の十二州を管轄し、梓州に治所を置いた。
- 757年 江東: 江東防禦使を置き、杭州に治所を置いた。
- 758年(乾元元年)江東: 浙江西道節度兼江寧軍使を置き、昇・潤・宣・歙・饒・江・蘇・常・杭・湖の十州を管轄し、昇州に治所を置いたが、まもなく蘇州に移し、間もなく宣・歙・饒の三州の管轄を止め、副使が餘杭軍使を兼ね杭州に治所を置いた。
- 758年 浙東: 浙江東道節度使を置き、越・睦・衢・婺・臺・明・處・温の八州を管轄し、越州に治所を置いた。
- 758年 福建: 福建経略使を都防禦使兼寧海軍使に改めた。
- 758年 洪吉: 洪吉都防禦団練観察処置使兼莫傜軍使を置き、洪・吉・虔・撫・袁の五州を管轄し、洪州に治所を置いた。あわせて宣歙饒観察使を置き、宣州に治所を置いた。
- 759年(乾元二年)東川: 剣南東川が昌・渝・合の三州の管轄を加えた。
- 759年 淮南: 沔州は鄂岳節度に、壽州は淮西節度に属した。
- 759年 江東: 浙江西道節度使を廃し、観察処置都団練守捉および本道営田使を置き、丹陽軍使を新たに兼ね、蘇州に治所を置き、宣・歙・饒の三州の管轄を復した。
- 759年 洪吉: 宣歙饒観察使を廃した。
- 759年 鄂岳沔: 鄂・岳・沔三州都団練守捉使を置き、鄂州に治所を置いた。
- 760年(上元元年)福建: 福建都防禦使を節度使に昇格させた。
- 760年 洪吉: 洪吉観察使が信州の管轄を加えた。
- 760年 鄂岳沔: 岳州は荊南節度に属した。
- 761年(上元二年)江東: 浙江西道観察使は治所を宣州に移し、昇州の管轄を止めた。杭州刺史が防禦使を兼ねた。
- 764年(廣德二年)東川: 東川節度を廃し、管轄していた十五州を西川節度に属させた。
- 764年 洪吉: 洪吉都防禦団練観察使を江南西道と改称した。
- 765年(永泰元年)淮南: 蘄・黄の二州は鄂岳節度に属した。
- 765年 鄂岳沔: 鄂州都団練使を観察使に昇格させ、岳・蘄・黄の三州の管轄を加えた。
- 766年(大暦元年)東川: 剣南東川節度使を復置し、管轄州は元のとおりとした。
- 766年 江東: 浙江西道観察使が宣・歙の二州の管轄を止めた。
- 766年 洪吉: 宣歙池等州都団練守捉観察処置使兼採石軍使を復置した。
- 767年(大暦二年)東川: 剣南東川節度を廃し、都防禦観察使兼静戎軍使を置き遂州に治所を置いたが、まもなく節度使を復置し、梓州に治所を置いた。
- 770年(大暦五年)浙東: 浙江東道節度使を廃し、都団練守捉および観察処置等使を置き、管轄州は元のとおりとした。
- 771年(大暦六年)東川: 剣南東川節度が昌州の管轄を止めた。
- 771年 福建: 福建節度使を廃し、都団練観察処置使を置いた。
- 775年(大暦十年)東川: 剣南東川節度が昌州の管轄を復した。
- 777年(大暦十二年)江東: 浙江西道観察使が丹楊軍使の兼帯を止めた。
- 777年 鄂岳沔: 鄂州観察使が防禦使を兼ねた。
- 779年(大暦十四年)江東: 浙江東・西道を合わせて都団練観察使を置いた。
- 779年 浙東: 浙江東道都団練観察使を廃し、管轄州は浙江西道に属させた。
- 779年 洪吉: 宣歙池観察使を廃し、団練使を置いた。
- 779年 鄂岳沔: 鄂州観察防禦使を罷めた。
- 780年(建中元年)江東: 浙江東・西道都団練観察使を分けて二道とした。
- 780年 浙東: 浙江東道都団練観察使を復置した。
- 781年(建中二年)淮南: 淮南節度が泗州の管轄を加えた。
- 781年 江東: 浙江東・西二道観察を合わせて節度使を置き、潤州に治所を置き、まもなく鎮海軍節度の号を賜った。
- 781年 浙東: 浙江東道都団練観察使を廃し、管轄州は浙江西道に属させた。
- 781年 鄂岳沔: 沔州を省いた。
- 783年(建中四年)淮南: 壽州団練使を置いた。
- 783年 洪吉: 江南西道都防禦団練観察使を節度使に昇格させた。
- 783年 鄂岳沔: 鄂州都団練観察使を復置し、沔州の管轄を復した。
- 784年(興元元年)東川: 閬州は山南西道に属した。
- 784年 淮南: 淮南節度が濠・壽・廬の三州の管轄を止めた。壽州団練使を都団練観察使に昇格させ、壽・濠・廬の三州を管轄し、壽州に治所を置いた。
- 785年(貞元元年)洪吉: 江南西道節度使を廃し、都団練観察使を復置した。
- 787年(貞元三年)江東: 浙江東・西を二道に分け、浙江西道都団練観察使を復置し、潤・江・常・蘇・杭・湖・睦の七州を管轄し、蘇州に治所を置いた。
- 788年(貞元四年)淮南: 淮南節度が廬・壽の二州の管轄を復し、泗州は徐泗節度に属させ、壽州都団練観察使を団練使に降格した。
- 788年 江東: 江州は江西観察使に属した。
- 788年 洪吉: 江南西道観察使が江州の管轄を加えた。
- 799年(貞元十五年)鄂岳沔: 安黄節度観察使を置き、安州に治所を置いた。
- 800年(貞元十六年)淮南: 舒・廬・滁・和の四州都団練使を置き、淮南節度に属させた。
- 803年(貞元十九年)鄂岳沔: 安黄節度観察使に奉義軍節度の号を賜った。
- 806年(元和元年)鄂岳沔: 奉義軍節度使を罷め、鄂岳観察使を武昌軍節度使に昇格させ、安・黄の二州の管轄を加えた。
- 807年(元和二年)淮南: 淮南節度が楚州の管轄を止め、まもなく楚州の管轄を復した。壽州団練使を都団練使に昇格させ、壽・泗・楚の三州を管轄し、泗州に治所を置いたが、まもなく都団練使を廃し、壽州団練使に戻し、泗州は武寧節度に、楚州は淮南節度に属させた。
- 807年 江東: 浙江西道都団練観察使を鎮海軍節度使に昇格させた。
- 809年(元和四年)東川: 資・簡の二州は西川節度に属した。
- 809年 江東: 浙江西道節度使を廃し、観察使を復置し、鎮海軍使の管轄を持たせた。
- 810年(元和五年)鄂岳沔: 武昌軍節度使を罷め、鄂岳都団練観察使を置いた。
- 811年(元和六年)江東: 浙西観察が鎮海軍使の兼帯を止めた。
- 811年 洪吉: 宣歙団練使が采石軍使の兼帯を止めた。
- 818年(元和十三年)淮南: 淮南節度が光州の管轄を加えた。
- 818年 鄂岳沔: 鄂岳観察使が申州の管轄を加えた。
- 821年(長慶元年)淮南: 淮南節度が宿州の管轄を加えた。
- 826年(寶暦二年)鄂岳沔: 沔州を省いた。
- 833年(大和七年)淮南: 宿州は武寧軍節度に属した。
- 835年(大和九年)鄂岳沔: 鎮海軍節度使を復置したが、数日で廃し、まもなく復置し、一月余りでまた廃した。
- 847年(大中元年)鄂岳沔: 武昌軍節度使を復置した。
- 848年(大中二年)鄂岳沔: 武昌軍節度使を罷めた。
- 850年(大中四年)鄂岳沔: 武昌軍節度を復置した。
- 852年(大中六年)鄂岳沔: 武昌軍節度を罷めた。
- 858年(大中十二年)淮南: 淮南節度が申州の管轄を加えたが、まもなく申州は再び武昌軍節度に属させた。
- 858年 江東: 鎮海軍節度使を復置した。
- 859年(大中十三年)江東: 鎮海軍節度使を廃し、都団練観察使を置いた。
- 862年(咸通三年)江東: 鎮海軍節度使を置いた。
- 863年(咸通四年)淮南: 淮南節度が濠州の管轄を加えた。
- 865年(咸通六年)洪吉: 江南西道団練観察使を鎮南軍節度使に昇格させた。
- 867年(咸通八年)江東: 鎮海軍節度使を廃した。
- 869年(咸通十年)淮南: 濠州は武寧軍節度に属した。
- 870年(咸通十一年)江東: 鎮海軍節度使を置いた。
- 874年(乾符元年)洪吉: 鎮南軍節度を廃し、江南西道観察使を復置した。
- 883年(中和三年)浙東: 浙江東道観察使を義勝軍節度使に昇格させた。
- 887年(光啓三年)浙東: 義勝軍節度を威勝軍節度に改めた。
- 888年(文德元年)東川: 龍州は威戎節度に属した。
- 888年 江東: 忠国軍節度使を置き、湖州に治所を置いた。
- 888年 鄂岳沔: 武昌軍節度を復置した。
- 889年(龍紀元年)江東: 杭州防禦使を置いた。
- 889年 洪吉: 江南西道観察使を再び鎮南軍節度使に昇格させた。
- 892年(景福元年)東川: 龍剣節度使を置き、龍・剣・利・閬の四州を管轄した。
- 892年 江東: 杭州防禦使に武勝軍防禦使の号を賜った。
- 892年 洪吉: 宣歙団練使を寧国軍節度に昇格させた。
- 893年(景福二年)江東: 武勝軍防禦使を都団練蘇杭等州観察使に昇格させたが、まもなく廃し、鎮海軍節度使の治所を杭州に移した。
- 896年(乾寧三年)浙東: 威勝軍節度を鎮東節度に改めた。
- 897年(乾寧四年)東川: 武信軍節度使を置き、遂・合・昌・渝・瀘の五州を管轄した。
- 897年 福建: 福建都団練観察処置使を威武軍節度使に昇格させた。
- 903年(天復三年)洪吉: 寧国軍節度使を廃し、再び都団練観察使とした。
- 904年(天祐元年)淮南: 舒・廬・滁・和の四州都団練使を廃し、光州防禦使を置いた。
- 905年(天祐二年)洪吉: 歙・婺・衢・睦の四州都団練観察処置使を置いた。
- 906年(天祐三年)東川: 龍剣節度が閬州の管轄を止めた。