新唐書卷六十五 表第五 方鎮二

方鎮表二(滑衛・河南・鄭陳・淮南西道・徐海沂密・青密・北都、710年-907年)

以下、年ごとに各方鎮(軍鎮)の設置・改廃・管轄州の増減を記す。空欄の年・欄は原表のとおり異動なし。

西暦 年号 滑衛 河南 鄭陳 淮南西道 徐海沂密 青密 北都
710年 景雲元年
711年 二年 北都長史、持節和戎・大武等諸軍州節度使を領する。
712年 先天元年
713年 開元元年
714年 二年
715年 三年
716年 四年
717年 五年 天兵軍大使を領する。
718年 六年
719年 七年
720年 八年 天兵軍大使を改めて天兵軍節度使とする。
721年 九年
722年 十年
723年 十一年 天兵軍節度を改めて太原府以北諸軍州節度・河東道支度営田使兼北都留守とし、太原及び遼・石・嵐・汾・代・忻・朔・蔚・雲の九州を領し、太原を治所とする。
724年 十二年
725年 十三年
726年 十四年
727年 十五年
728年 十六年
729年 十七年 儀・石の二州を潞州都督に隷せしめる。
730年 十八年 太原府以北諸軍州節度を改めて河東節度とする。以後、節度使は大同軍使を領し、副使は代州刺史を以てこれを領し、再び儀・石の二州を領する。
731年 十九年
732年 二十年
733年 二十一年
734年 二十二年
735年 二十三年
736年 二十四年
737年 二十五年
738年 二十六年
739年 二十七年
740年 二十八年
741年 二十九年
742年 天宝元年
743年 二年
744年 三載
745年 四載
746年 五載
747年 六載
748年 七載
749年 八載
750年 九載
751年 十載
752年 十一載
753年 十二載
754年 十三載
755年 十四載
756年 至徳元載 河南節度使を置き、汴州を治所とし、陳留・睢陽・靈昌・淮陽・汝陰・譙・済陰・濮陽・淄川・琅邪・彭城・臨淮・東海の十三郡を領する。 淮南西道節度使を置き、義陽・弋陽・潁川・滎陽・汝南の五郡を領し、潁川郡を治所とする。 青密節度使を置き、北海・高密・東牟・東萊の四郡を領し、北海郡を治所とする。鄆・齊・兗三州都防禦使を置き、齊州を治所とする。
757年 二載
758年 乾元元年 河南節度使を廃し、汴州都防禦使を置き、十三州を領すること旧のごとくする。まもなく滑・濮の二州を青密節度に、亳州を淮西節度に隷せしめる。 淮南西道節度、治所を鄭州に徙し、陳・潁・亳の三州を増領する。別に豫許汝節度使を置き、豫州を治所とする。 青密節度、滑・濮の二州を増領する。
759年 二年 汴州都防禦使を廃し、汴滑節度使を置き、滑州を治所とし、滑・濮・汴・曹・宋の五州を領する。また河南節度使を置き、徐州を治所とし、徐・泗・海・亳・潁の五州を領する。まもなく潁州を鄭陳節度に隷せしめ、まもなく再び潁州を領する。この年、また濮州を兗鄆節度に、潁・亳の二州を鄭陳節度に隷せしめる。 鄭陳節度使を置き、鄭・陳・亳・潁の四州を領し、鄭州を治所とする。まもなく申・光・壽の三州を増領するが、まもなくその三州を淮西に隷せしめる。 淮南西道節度使を廃し、陳・潁・亳を陳鄭に隷せしめる。この年、再び淮南西道節度使を置き、申・光・壽・安・沔・蘄・黄の七州を領し、壽州を治所とする。 青密節度使、淄・沂・海の三州を増領する。滑州を汴滑節度使に、濮州を鄆齊兗節度使に隷せしめる。この年、海州を汴滑節度に隷せしめる。鄆・齊・兗三州都防禦使を昇格させ節度使とし、兗州を治所とし、濮州を増領するが、まもなく濮州を河南節度に隷せしめる。
760年 上元元年 海州を青密節度に隷せしめる。 海州、再び青密節度に隷す。
761年 二年 滑衛節度使を置き、滑州を治所とし、滑・衛・相・魏・德・貝の六州を領する。まもなく德州を淄沂節度に隷せしめ、博州を増領する。 汴滑・河南の二節度を廃し、徐・泗・汴・宋・曹の五州を淮西節度に、滑州を滑衛節度に隷せしめる。 鄭陳節度を廃し、鄭・陳・亳・潁の四州を淮西に隷せしめる。 淮南西道節度使、陳・鄭・潁・亳・汴・曹・宋・徐・泗の九州を増領し、治所を安州に徙し、淮西十六州節度使と号する。まもなく亳州を滑衛節度に、徐州を兗鄆節度に隷せしめる。 淄沂節度使を置き、淄・沂・滄・德・棣の五州を領し、沂州を治所とする。平盧軍節度使侯希逸、兵を率いて青州を保ち、青密節度使を授かる。ついに淄沂節度を廃し、その管する五州を併せ、淄青平盧節度と号し、齊州を増領する。齊州を青密に隷せしめ、兗鄆節度は徐州を増領する。
762年 宝応元年 再び河南節度使を置き、汴州を治所とし、汴・宋・曹・徐・潁・兗・鄆・濮の八州を領する。 淮西節度、許・隋・唐の三州を増領し、鄭州を澤潞節度に、潁・汴・宋・曹の四州を河南節度に、泗州を兗鄆節度に、申州を蔡汝節度に隷せしめる。 登・萊・沂・海・泗の五州を兗鄆節度に隷せしめる。この年、兗鄆節度を廃し、鄆・兗・濮・徐の四州を河南節度に、登・萊・沂・海・泗を淄青平盧節度に隷せしめる。
763年 広徳元年 滑衛節度、亳州を増領し、名を滑亳節度使と更め、德州を増領する。衛州を澤潞に隷せしめ、相・貝を分けて別に節度を置き、魏博には別に防禦を置く。 滄・德の二州を魏博節度に隷せしめる。淄青平盧節度、瀛州を増領するが、まもなく瀛州は再び魏博節度に隷す。
764年 二年
765年 永泰元年 沔・蘄・黄の三州を鄂岳節度に隷せしめる。 淄青平盧節度、押新羅渤海両蕃使を増領する。
766年 大暦元年
767年 二年
768年 三年 蔡汝節度、仙州を増領する。
769年 四年 滑亳節度、陳州を増領する。 河南節度、泗州を増領し、潁州を澤潞節度に隷せしめる。 淄青平盧節度、海・沂・密の三州の領有を罷め、海・沂・密三州都防禦使を置くが、まもなく廃し、再び三州を淄青平盧節度に隷せしめる。
770年 五年 仙州を省く。
771年 六年
772年 七年 滑亳節度に永平節度の号を賜う。
773年 八年 淮西節度使、治所を蔡州に徙し、蔡汝節度使を廃し、その管する州は皆淮西節度に隷す。
774年 九年
775年 十年 淄青平盧節度、また德州を領する。
776年 十一年 永平節度、宋・泗の二州を増領する。 河南節度使を廃し、曹・兗・鄆・濮・徐の五州を淄青節度に、宋・潁・泗の三州を永平軍節度に、汴州を淮西節度に隷せしめる。 淮西節度使、汴州を増領し、治所を汴州に徙す。 淄青平盧節度、鄆・曹・濮・徐・兗の五州を増領し、泗州を永平軍節度に隷せしめる。
777年 十二年
778年 十三年
779年 十四年 永平節度、汴・潁の二州を増領し、治所を汴州に徙す。 淮西節度使、再び蔡州を治所とする。この年、淮寧軍節度の号を賜い、まもなく名を申光蔡節度使と更める。汝州を東都畿に、汴州を永平軍節度に隷せしめる。
780年 建中元年
781年 二年 永平節度、鄭州を増領し、宋・亳・潁を分けて別に節度使を置き、泗州を淮南に隷せしめる。この年、鄭州を河陽三城節度に隷せしめるが、まもなく旧に復す。 宋亳潁節度使を置き、宋州を治所とし、まもなく宣武軍節度使と号する。
782年 三年 徐海沂密都団練観察使を置き、徐州を治所とする。 淄青平盧節度使を廃し、淄青都団練観察使を置き、淄・青・登・萊・齊・兗・鄆の七州を領し、青州を治所とする。曹濮都団練観察使を置き、濮州を治所とする。
783年 四年
784年 興元元年 永平軍節度、汴・滑の二州を宣武軍に隷せしめるが、まもなく再び滑州を領し、治所を滑州に徙す。 宣武軍節度使、治所を汴州に徙す。 壽州には別に観察使を置く。 徐海沂密都団練観察使を廃す。 再び淄青平盧節度使を置き、青・淄・登・萊・齊・兗・鄆・徐・海・沂・密・曹・濮の十三州を領し、青州を治所とし、曹濮都団練観察使を廃す。 河東節度に保寧軍節度の号を賜う。
785年 貞元元年 永平軍節度、名を義成軍節度と更め、許州を増領する。 唐州を東都畿に、許州を義成軍節度に隷せしめる。
786年 二年
787年 三年 許州を陳許節度使に隷せしめる。 陳許節度使を置き、許州を治所とする。 安州を山南東道に隷せしめる。 保寧軍節度、再び河東節度となる。
788年 四年 徐・泗・濠三州節度使を置き、徐州を治所とする。 淄青平盧節度使、治所を鄆州に徙し、徐州を徐泗節度に隷せしめる。
789年 五年
790年 六年
791年 七年
792年 八年
793年 九年
794年 十年 陳許節度に忠武軍節度の号を賜う。
795年 十一年
796年 十二年
797年 十三年
798年 十四年 申光蔡節度に彰義軍節度の号を賜う。
799年 十五年
800年 十六年 徐・泗・濠三州節度使を廃し、まもなく再び泗・濠二州観察使を置き、淮南に隷せしめる。徐州は本州留後を領する。
801年 十七年
802年 十八年
803年 十九年
804年 二十年
805年 永貞元年
806年 元和元年
807年 二年 泗・濠二州観察使を廃し、武寧軍節度使を置き、徐州を治所とし、徐・泗・濠の三州を領する。
808年 三年
809年 四年 武寧軍節度、宿州を増領する。
810年 五年
811年 六年
812年 七年
813年 八年
814年 九年
815年 十年
816年 十一年 彰義軍節度、唐・隋・鄧の三州を増領するが、まもなくその三州で別に節度使を置く。
817年 十二年 忠武節度、溵州を増領する。 彰義軍節度、再び淮西節度となり、溵州を増領するが、まもなく溵州を忠武軍節度に隷せしめる。
818年 十三年 忠武軍節度、蔡州を増領する。 淮西節度を廃す。
819年 十四年 淄青平盧節度使、青・淄・齊・登・萊の五州を領し、再び青州を治所とする。鄆曹濮節度使を置き、鄆州を治所とする。沂海観察使を置き、沂・海・兗・密の四州を領し、沂州を治所とする。
820年 十五年 鄆曹濮節度使に天平軍節度使の号を賜う。
821年 長慶元年 宿州を淮南節度に隷せしめる。 沂海観察使を昇格させ節度使とし、治所を兗州に徙す。 河東節度使、押北山諸蕃使を領する。
822年 二年 義成軍節度使、再び潁州を領する。 州を省く。
823年 三年
824年 四年
825年 宝暦元年
826年 二年
827年 大和元年 齊州を橫海節度に隷せしめる。
828年 二年 淄青平盧節度、棣州を増領する。
829年 三年
830年 四年
831年 五年
832年 六年
833年 七年 宿州、再び武寧節度に隷す。
834年 八年 沂海節度使を廃して観察使とする。
835年 九年
836年 開成元年
837年 二年
838年 三年
839年 四年
840年 五年
841年 会昌元年
842年 二年
843年 三年 河東節度使、雲・朔・蔚の三州の領有を罷め、雲・蔚・朔の三州を以て大同都団練使を置き、雲州を治所とする。
844年 四年 大同都団練使を昇格させ大同都防禦使とする。
845年 五年
846年 六年
847年 大中元年
848年 二年 蔡州防禦使・龍陂監牧使を置く。
849年 三年
850年 四年
851年 五年 沂海観察使を昇格させ節度使とする。
852年 六年
853年 七年
854年 八年
855年 九年
856年 十年
857年 十一年
858年 十二年
859年 十三年
860年 咸通元年
861年 二年
862年 三年 武寧軍節度を罷める。徐州団練防禦使を置き、兗海に隷せしめる。また宿・泗等州都団練観察処置使を置き、宿州を治所とする。 沂海節度使、徐州を増領する。
863年 四年 徐州防禦使を罷め、濠州を淮南節度に隷せしめる。
864年 五年 徐泗団練観察処置使を置き、徐州を治所とする。 天平軍節度、齊・棣の二州を増領する。沂海節度使、徐州の領有を罷める。
865年 六年
866年 七年
867年 八年
868年 九年
869年 十年 徐泗節度使を置く。この年、再び都団練防禦使を置き、濠・宿の二州を増領する。
870年 十一年 徐泗観察使を置き、まもなく感化軍節度使の号を賜う。
871年 十二年
872年 十三年 淄青平盧節度、再び齊・棣の二州を領する。
873年 十四年
874年 乾符元年
875年 二年 感化軍節度、泗州の領有を罷める。
876年 三年
877年 四年
878年 五年 大同都防禦使を昇格させ節度使とする。
879年 六年
880年 広明元年
881年 中和元年
882年 二年 蔡州に奉国軍節度を置く。 蔡州防禦使を昇格させ奉国軍節度とする。 河東節度、麟州を増領し、忻・代の二州を鴈門節度に隷せしめる。大同節度を改めて鴈門節度とし、左神策軍・天寧鎮遏観察使を領し、治所を代州に徙す。
883年 三年 鴈門節度に代北節度の号を賜う。
884年 四年 河東節度、再び雲・蔚の二州を領する。
885年 光啓元年
886年 二年 義成軍節度使を改めて宣義軍節度使とする。朱全忠が改名を請い、父の名を避けたものである。
887年 三年
888年 文徳元年
889年 龍紀元年 河東節度、憲州を増領する。
890年 大順元年
891年 二年
892年 景福元年
893年 二年
894年 乾寧元年 忠武軍節度、汝州を増領する。
895年 二年 齊州を分けて武粛軍防禦使を置く。
896年 三年
897年 四年 奉国軍節度、申・和の二州を増領する。 沂海節度使に泰寧軍節度使の号を賜う。
898年 光化元年 感化軍節度、再び武寧軍節度となり、まもなく再び感化軍節度となる。
899年 二年
900年 三年 汝州を東都に隷せしめる。
901年 天復元年 武粛軍防禦使を罷める。
902年 二年 感化軍節度を罷める。
903年 三年
904年 天祐元年
905年 二年
906年 三年
907年 四年