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晉書
卷九十四 列傳第六十四 謝敷
謝敷
謝敷、字は慶緒、会稽の人。性格は澄み渡り静かで欲少なく、太平山に十余年入った。鎮軍の郗愔が主簿に招き、朝廷(台)は博士に召したが、いずれも応じなかった。
当初、月が少微星を犯した(天文上の異変)。少微は別名「処士星」といい、占者はこれを隠士の死の兆しと解釈した。譙国の戴逵は優れた才があったため、これを心配する者もいたが、まもなく敷が死んだ。それゆえ会稽の士人は呉の人々を「呉中の高士は、死のうとしても死ねないのだな」とからかった。
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