晉書卷九十四 列傳第六十四 郭荷

郭荷

  • 郭荷、字は承休、略陽の人。六世祖の整は漢の安帝・順帝の時代、公府から八度、公車から五度召されたが、いずれも就かなかった。整から荷に至るまで、代々経学によって地位を得た家柄であった。荷は多くの書物を深く究め、特に史書に長けた。州郡の召命には応じなかった。張祚は使者を遣わして安車束帛をもって博士祭酒として召し、使者は強く迫って彼を連れて行った。到着すると太子友に任ぜられた。荷は上表して帰郷を願い出、祚はこれを許し、安車蒲輪で張掖の東山に送り帰した。84歳で没した。「玄徳先生」と諡された。