晉書卷七十九 列傳第四十九 謝萬

伝国璽の回収

  • 大司馬桓温が中原に事を起こそうとし尚に寿春へ向かわせ、安西将軍に進んだ。以前、苻健の将張遇が尚に降ったが尚は懐柔できず、遇は怒って許昌に拠って叛いた。尚はこれを討ったが敗れ、廷尉に付された。当時康献皇后が臨朝しており尚の甥にあたるため、特に建威将軍への降格にとどめられた。
  • 以前、尚が出発する際、建武将軍・濮陽太守戴施に枋頭を守らせていた。冉閔の子智とその大将蒋幹が帰順を申し出て、行人劉猗を遣って尚に救援を求めた。施は猗を留め伝国璽を求め、猗が帰って幹に告げると、幹は尚がすでに敗れたと思い自分を救えないのではと躊躇し許さなかった。施は参軍何融に壮士百人を率いさせ鄴に入り三台に登って守備を助けさせ、「今しばらく璽を出して私に付してほしい、凶寇が外にあり道路が塞がっているのでまだ璽を送れないが単使を遣わし奏上させる、天子は璽がすでに我らの手にあると知れば卿らの誠意を認め必ず重い軍で救援し厚く報いるはずだ」と欺いた。幹は璽を融に渡し、融は璽を持って枋頭へ馳せ戻った。尚は振武将軍胡彬に騎兵300を率いさせ璽を京師に届けさせた。
  • 苻健の将楊平が許昌を守っていたが、尚が兵を遣って襲撃し破った。給事中を授かり軺車・鼓吹を賜り石頭を守った。