晉書卷七十八 列傳第四十八 張茂
経歴
- 張茂、字は偉康、若くして孤独貧窮だったが志行があり郷里に敬信された。初め義兵を起こし賊陳斌を討伐し、一郡が無事だった。元帝が掾属に招いた。官に老牛数十頭がありこれを売ろうとしたが、茂は「牛の屠殺は禁じられ、買った者もみだりに屠れない、老いて力尽きた牛は耕作にも使えず、無用な物で百姓の利を奪うことになる」と述べ、帝はこれをやめさせた。太子右衛率に遷り呉興内史に出た。
- 沈充の反乱の際、茂は3人の子とともに殺害された。茂の弟盎は周劄の将軍だったが、沈充が劄を討伐した際、盎もまた死んだ。茂に太僕が追贈された。茂は若い頃、大象を得る夢を見て占夢師の万推に問うたところ、推は「君はいずれ大郡を得るが、良い結果にはならないだろう」と答えた。理由を問うと「象は大獣であり獣は守るという意味だから大郡を得ると分かる、しかし象は牙のために焼かれ人に害される」と述べ、果たしてその言葉の通りとなった。