新五代史卷四十五 雜傳第三十三 陸思鐸
莊宗を狙った矢の名を通じた出世
- 澶州臨黄の人。若くして梁に仕え宣武軍卒となり、善射で知られ拱辰左廂都指揮使に累遷し恩州刺史を領した。梁晋が河上で対峙する中、思鐸は箭筈に自らの姓名を彫って晋軍を射たところ、矢は莊宗の馬鞍に命中し、莊宗が矢を抜いて思鐸の姓名を見て奇異に思った。後に梁が滅び思鐸が莊宗に謁見した際、その矢を示すと思鐸は地に伏し死を請うたが、莊宗は慰めて起こし龍武右廂都指揮使を拝させた。晋高祖の時、陳・蔡二州の刺史となり、卒した。年五十四。思鐸は陳州で善政を行い、臨終に子に「陳の人々は私を愛してくれた、私が死んだらここに葬れ」と戒め、陳州に葬られた。