新五代史卷三十五 唐六臣傳第二十三 薛貽矩

梁への傾倒

  • 薛貽矩は字を熈用といい、河東聞喜の人である。唐に仕えて兵部侍郎・翰林学士承旨となった。昭宗が岐から長安に還り宦官を大いに誅したとき、貽矩はかつて中尉韓全誨らのために画像賛を作っていたことに座して左遷された。貽矩はすぐさま自ら梁の太祖に結び、太祖はこれを朝廷に言い吏部尚書を拝させ、御史大夫に遷した。
  • 天祐三年、太祖が長蘆から軍を還したとき、哀帝は貽矩を遣わして労わせた。貽矩は臣の礼をもって太祖に見え、太祖がこれを揖して階に昇らせようとすると、貽矩は「殿下の功徳は人に及び三霊は卜し直され皇帝はまさに舜・禹の事を行おうとしています、臣がどうして違えましょうか」と言い、そのまま臣と称して拝舞した。太祖は身を側めてこれを避けた。貽矩が還ると、まもなく哀帝に位を譲るよう促した。太祖の即位後、貽矩を中書侍郎同中書門下平章事に拝し、しばしば司空を拝した。貽矩は梁の相となること五年、没した。侍中を贈られた。