新五代史卷三十四 一行傳第二十二 李自倫

李自倫

  • 李自倫は、深州の人である。天福四年正月、尚書戸部が奏上して言った、深州司功参軍李自倫は六世同居であり、勅を奉じて格に准じ、孝義の旌表を按じ検証したところ、孝の者にはその終身の賦役を免除し、義門にはなお旌表を加えるべきである、と。
  • 本州に審査させたところ、鄉老の程言らが得て言うには、自倫の高祖は訓、訓は粲を生み、粲は則を生み、則は忠を生み、忠は自倫を生み、自倫は光厚を生んで、六世同居は間違いない、とのことであった。勅して、その居する飛鳬郷を孝義郷、匡聖里を仁和里と改め、式に准じて門閭を旌表した。
  • 九月丙子、尚書戸部は再び奏上した。前登州の義門王仲昭は六世同居であり、その旌表には聴事・歩欄の前に屏を列ね烏頭を樹て、正門の閥閲は一丈二尺、烏頭の二柱の端は瓦桶で冒われ、双闕を築くこと一丈、烏頭の南三丈七尺にあり、槐柳を十五歩夾んで植えたことが請われた通りである、と。
  • 勅して言った、「これは故事である。今の式にはこれが無い。その地の宜しきを量って外門を高くし、門に綽楔を安んじ、左右に台を建てて高さ一丈二尺、広狭は方正に相応させよ。白く塗ってその四角を赤くし、不孝不義の者にこれを見せて心を悛め行いを改めさせるようにせよ」と。