新五代史卷二十五 唐臣傳第十三 袁建豐
生涯
- 袁建豊、その世家は分からない。晋王が黄巣を討った際、華陰で捨てられているのを見つけた。当時九歳で、その俊爽なるを愛し養った。成長して騎射を習い、鉄林都虞候となった。王行瑜・李匡威を撃つのに従い功により突陣指揮使に遷った。荘宗に従い夾城を破り柏郷で戦い、左廂馬軍指揮使に遷った。明宗が内衙指揮使であった際、建豊はその副使であった。荘宗に従い魏に入り衛・磁・洺三州を取り洺州刺史を拝した。梁の将王千を撃ち千余級を斬りその将校七十余人を捕らえ、相州刺史に遷った。胡柳陂の戦いに従い、指揮使孟謙が相州に拠って叛くと、建豊は還ってこれを討ち平らげ、隰州刺史に移った。中風を患い職を廃した。明宗の即位後、旧恩により京師に召還され、明宗は自らその邸に幸して手厚く慰撫し、検校太尉を加え鎮南軍節度使を遥領させその俸を食ませ、この地位のまま卒した。太尉を追贈された。