新五代史卷二十三 梁臣傳第十一 馬嗣勲
生涯
- 馬嗣勲、濠州鍾離の人。若くして州に仕えて客将となった。人となり材武で弁があった。梁太祖が濠州を攻めた際、刺史張遂は嗣勲に牌印を持たせて梁に降らせた。楊行密が遂を攻めると、遂はまた嗣勲を遣わして太祖に援兵を乞うたが、梁兵が至る前に濠州はすでに陥ちており、嗣勲は帰る所がなくなったため梁に留まって太祖に仕え、宣武軍元従押衙とされた。太祖が西の鳳翔を攻め華州に至った際、嗣勲を遣わして韓建を説かせると、建はただちに出降した。天祐二年(905年頃)、羅紹威が牙軍を誅そうとして梁に援を乞い、梁の女がちょうど魏に嫁いで死去したことにより、太祖は嗣勲に長直の兵千人を綵輿に仕立てて魏に入らせ、輿の中に兵器を隠して葬送を助けると称した。嗣勲は銅台に宿泊し、夜に魏の新郷鎮兵と共に石柱門を攻めて入り、紹威の家属を迎えてこれを衛り、さらに魏の甲兵を取って牙軍を攻めた。牙軍は兵がどこから来たか分からず備えができず、八千余人が殺され、明け方までに皆尽きた。嗣勲は重傷を負い卒した。太祖の即位後、太保を追贈された。