史記卷八十三 魯仲連鄒陽列傳第二十三 鄒陽

鄒陽の獄中上書

  • 鄒陽は斉の人。梁に遊説し、呉の荘忌夫子・淮陰の枚生らと交わり、羊勝・公孫詭の間で上書していた。羊勝らは鄒陽を妬み梁孝王に讒言し、孝王は怒って鄒陽を獄に下し殺そうとした。鄒陽は獄中から上書した。
  • 上書の要旨は次のとおりである。忠は必ず報われ信は疑われないというが、それは虚言にすぎない。荊軻や衛先生の例のように、精誠が天地を動かしても君主に信じられないことがある。卞和・李斯の悲劇、箕子が狂を装った例、比干・伍子胥の悲劇を引き、己も同じ目に遭うことを恐れると訴えた。
  • 「白頭如新、傾蓋如故(白髪になっても初対面のように疎遠な仲もあれば、一度の出会いで旧知のように親しい仲もある)」の諺を引き、知遇の有無こそが重要だと説き、樊於期・王奢が新知の国より旧知の国のために死んだ例、蘇秦・白圭が君主の深い信任を得た例、司馬喜・范雎が受難の後に大成した例、申徒狄・徐衍が世に容れられず身を投げた例、百里奚・甯戚が微賤から抜擢された例を列挙した。
  • 偏聴は姦を生み独断は乱を成すとし、魯が孔子を逐い宋が墨翟を囚えた例、秦が戎人由余を用いて覇を為し斉が越人蒙を用いて威王・宣王の代に強くなった例を引き、君主が公平に人を用いるべきだと説いた。
  • さらに晋文公・斉桓公が仇敵を用いて覇を成した例、逆に商鞅・大夫種が功を立てながら誅殺された例、孫叔敖・於陵子仲が官を辞した例を引き、君主が驕慢を捨て士を厚遇すべきことを説いた。
  • 明月の珠も夜光の璧も暗闇で人に投げれば剣に手をかけられる、蟠木の根も左右の推挙があってこそ万乗の器となる、との比喩で、貧賤の布衣の士も推挙する者がいなければ忠信を尽くせないと訴えた。
  • 最後に、秦皇帝が中庶子蒙嘉の言を信じ荊軻の説を容れて刺客を招いた失敗と、周文王が渭水で呂尚を得て天下の王となった成功を対比し、諂諛の言に惑わされず度量の広い判断をすべきだと結んだ。
  • 上書は梁孝王に奏上され、孝王は鄒陽を出獄させ、ついに上客とした。

史論

  • 太史公曰く、魯連の説くところは必ずしも大義に合わないが、布衣の身でありながら意気軒昂として諸侯に屈せず、当世を論じて卿相の権を挫いたことを高く評価する。鄒陽の言葉は謙譲さを欠くが、比喩を連ねる論法には哀れむべきものがあり、剛直で曲げないと言えるので、この列伝に付した。