正月:李邕・裴敦復の死と流人誅殺
- 正月、李邕と裴敦復はともに杖で殺された。
- 李邕は才能と芸に優れ、かつて盧蔵用から「干将・莫邪のような鋭さゆえに、ついには欠け折れることを心配する」と言われたが、その警告どおりになった。
- 李林甫はさらに、御史を各流謫先に分遣して、皇甫惟明・韋堅兄弟らにも死を賜った。
- 羅希奭は青州から嶺南へ向かう途中、各地の左遷者を次々に殺し、郡県はその到着前から震え上がった。
- 宜春にいた李適之は恐れのあまり毒を仰いで自殺し、江華の王琚も同様に自裁した。
- 羅希奭は安陸の裴寛をも脅そうとしたが、裴寛は必死に命乞いしてようやく助かった。
- 李適之の子李霅も、父の喪を迎えて洛陽に着くと、李林甫の手で讒告され、河南府で杖殺された。
- 房琯は李適之と親しかったため、宜春太守に左遷された。
韋堅事件の余波
- 李林甫は韋堅への怨みをやめず、黄河沿い・江淮の州県に使者を出して罪状を探させた。
- 綱典や船夫が大量に収監され、牢獄はあふれた。
- 未納や延滞の追徴は近隣にまで及び、裸同然で官府に倒れる者が続出した。
- こうした苛酷な追及は、李林甫が死ぬまで止まらなかった。
郊祀と恩赦
- 丁亥、玄宗は太廟を祀り、戊子、南郊で天地を合祭して大赦を行った。
- この年の田租を免じた。
- また、絞・斬刑の条文を削って、代わりに重杖のうえ嶺南流罪とするよう定めた。玄宗は好生の名を求めたが、実際には役人が杖殺することが多く、形式を変えただけだった。
- さらに、嫁いだ母のために三年服することも定めた。
科挙統制と「野無遺賢」
- 玄宗は広く天下の士を求めようとし、一芸以上ある者は京師に来たれと命じた。
- しかし李林甫は、在野の士が策問で自分の奸悪を批判することを恐れ、「卑賤で愚かな者が雑言で聖聴を汚す」と主張した。
- そこで郡県長官に厳選させ、尚書省で再試し、御史中丞が監督する制度に改めたが、最終試験は詩賦・論に限られたため、結局一人も及第しなかった。
- 李林甫はこれを「野に遺賢なし」と賀表で称えた。
安禄山の異常な寵遇
- 戊寅、安禄山は范陽・平盧節度使に加え、御史大夫を兼ねた。
- その体は肥大して腹は膝を越え、重さ三百斤と自称したが、外見は愚直を装いながら内実は狡猾だった。
- 将の劉駱谷を京師に常駐させ、朝廷の動静を探らせ、必要な表文は代作させた。
- 毎年の貢献は俘虜・家畜・奇禽異獣・珍玩に及び、沿道の郡県は運送に疲弊した。
- 玄宗の前では機知と諧謔で応対し、「腹の中には何があるのか」と問われると、「余計なものはなく、ただ赤心があるだけ」と答えて喜ばれた。
- 太子への拝礼を促されても、「胡人で朝儀を知らず、太子とは何の官か知らなかった」と答え、玄宗が「朕の後を継ぐ者だ」と言うと、ようやく拝して、「臣は陛下だけを知り、ほかに儲君があるとは知らなかった」と言ったため、玄宗はかえってその率直さを信じて一層愛した。
- 勤政楼の宴では、御座の東側にだけ金鶏障と榻を設けて安禄山を座らせ、特別扱いした。
- 楊銛・楊錡・貴妃の三姉にも安禄山と兄弟の礼を結ばせ、ついには禄山は「貴妃の子になりたい」と願い出た。玄宗と貴妃の前で先に貴妃へ拝する理由を「胡人は父より母を先にする」と述べ、これも玄宗を喜ばせた。
王忠嗣への圧迫
- 李林甫は、功名日盛んな王忠嗣が入相することを恐れた。
- 安禄山は密かに異志を抱きつつ、雄武城を築いて兵器を大量に貯え、王忠嗣に援兵を求めてその兵を引き留めようとした。
- 忠嗣は期日より先に赴いて様子を見、安禄山に会わず帰還し、たびたび「安禄山は必ず反する」と上奏したため、林甫はいよいよ忠嗣を憎んだ。
春夏:兼官辞退
- 夏四月、王忠嗣は河東・朔方の兼任を固辞し、許された。
冬:華清宮改称と人事
- 十月、玄宗は驪山温泉に行幸し、温泉宮を華清宮と改称した。
- 河西・隴右節度使の王忠嗣は、部将の哥舒翰を大斗軍副使、李光弼を河西兵馬使兼赤水軍使に抜擢した。
- 哥舒翰は突騎施別部の出、李光弼は契丹王楷洛の子で、いずれも勇略を忠嗣に評価されていた。
- 哥舒翰は同僚副使の驕慢を斬って軍紀を正し、吐蕃が毎年積石軍の麦を刈りに来るのを伏兵で殲滅して以後、侵入を止めさせた。
石堡城攻撃をめぐる対立
- 玄宗は王忠嗣に吐蕃の石堡城を攻めさせようとした。
- 忠嗣は、石堡は険固で吐蕃が全力で守っており、数万人を失ってもなお得るものが少ないと上言し、敵に隙が生じるまで兵を養うべきだと主張した。
- しかし董延光が自ら請うて攻略役となり、玄宗は忠嗣に兵を分けて助けさせた。
- 忠嗣はやむなく従ったが、延光の求めるだけの兵や重賞を与えず、李光弼は「これでは延光が失敗すれば大夫に罪が帰する」と忠告した。
- 忠嗣は「一城のために数万人の命を犠牲にして一官と引き換えることはできない」として聞き入れなかった。
- 案の定、延光は期限内に落とせず、逆に忠嗣が軍計を妨げたと訴えた。
王忠嗣獄
- 李林甫はさらに、済陽別駕魏林に王忠嗣を讒告させた。忠嗣は幼少より宮中で育ち、太子が忠王だったころ親しく遊んだことがあり、それを「太子を奉じて挙兵する意図がある」と結びつけたのである。
- 玄宗は忠嗣を召還し、三司に取り調べを命じた。
- そのころ玄宗は哥舒翰を華清宮で召見し、気に入って隴右節度使に任じ、朔方節度使安思順を河西節度使とした。
楊慎矜事件
- 戸部侍郎兼御史中丞楊慎矜は玄宗の寵を受けていたが、李林甫は次第にこれを忌んだ。
- 慎矜と王鉷は親戚で、慎矜が鉷を引き立てた経緯もあったが、慎矜が旧来のつもりで接し、鉷の母の出自を人に語ったことなどから、鉷は深く恨んでいた。
- 慎矜は術士の史敬忠と親しく、天下の乱を説かれて臨汝山中に庄園を買い、墓田の草木が流血した怪異を恐れて、後園で道場を設けて厭勝を行った。
- さらに美婢明珠を敬忠に与えたところ、その女が楊貴妃の姉のもとを経て宮中に入り、玄宗はその由来を聞いて慎矜が術士と妖法をなしていると疑うようになった。
- 楊釗がこれを王鉷に告げ、鉷は林甫の勧めを受けて慎矜を陥れることを決意した。
- ついに「隋煬帝の孫として祖業回復を図り、讖書を持つ」との飛語が発せられ、玄宗は激怒して慎矜を獄に下した。
- 刑部・大理と楊釗・盧鉉が取り調べにあたり、張瑄らも巻き込まれた。
- 史敬忠は捕えられ、吉温の誘導で温泉宮近くに至る途中、吉温の望むとおりの供述書を書かされた。
- さらに讖書が見つからないと、盧鉉がひそかに持ち込んで「発見」した。
- 慎矜はもはや死を覚悟し、丁酉、兄弟とともに自殺を命じられた。敬忠は杖刑、妻子は嶺南流し、張瑄も流罪の途中で死んだ。
- 連座者は数十人に及んだ。慎名は勅命を聞いても顔色を変えず、慎余は天を指して縊れたという。
王忠嗣の減死
- 三司が王忠嗣を取り調べると、玄宗は「わが子は深宮にいて外人と通謀などできるはずがない」と述べ、太子関与説そのものは退けた。
- ただし王忠嗣には軍功を妨げた罪を問うた。
- 哥舒翰は、忠嗣を救うために賄賂を勧める声を退け、まっすぐ玄宗にその冤を訴え、自らの官爵をもってあがなおうと願い出た。
- 玄宗はその涙ながらの弁に感じ、己亥、王忠嗣を死罪から減じて漢陽太守に左遷した。
楊釗の重用と東宮攻撃
- 李林甫は、掖庭に近い楊釗が禁中に出入りして言葉がよく通ることを利用し、援軍として取り込んだ。
- 東宮に少しでも関わる事件は、みな楊釗に摘発させ、羅希奭や吉温に獄を作らせた。
- 釗はこれによって私怨も晴らし、多くの家が誅滅された。
- それでも太子は仁孝・慎重で、高力士や張垍が玄宗の前で保護したため、林甫もついに東宮を動かすには至らなかった。
十二月:会昌城築造と李林甫の極盛
- 十二月、馮翊・華陰の民夫を発して会昌城を築き、百司を移した。王公も邸宅を構え、地価は一畝千金に上がった。
- 玄宗は華清宮から還御した。
- 百官に天下の歳貢物を尚書省で閲覧させたあと、そのほとんどを車で李林甫の邸へ運ばせて賜った。
- 玄宗がしばしば朝を見なくなると、百官は皆まず林甫邸に集まり、台省は空になった。宰相の陳希烈の府には誰も来なかった。
- 林甫の子李岫は、満ちた勢いの危うさを父に諫めたが、林甫は「情勢がこうなってはどうしようもない」と答えた。
- 宰相の威勢が騶従・警衛・邸宅防御まで過剰になる風は、李林甫から始まった。
年末:高仙芝の小勃律遠征
- 将軍高仙芝は高麗系の出身で、安西で軍功を立て、夫蒙霊詧に推されて安西副都護・都知兵馬使となっていた。
- 吐蕃は小勃律王に公主を嫁がせ、その周辺二十余国を従え、唐への朝貢路を断っていた。
- そこで唐は高仙芝を行営節度使とし、一万騎で討たせた。
- 仙芝は安西から百余日進み、三路に兵を分けて、七月十三日に連雲堡で合流させた。
- 堡には一万近い吐蕃兵がいたが、李嗣業の陌刀部隊が険路をよじ登って猛攻し、半日で大破した。
- 中使の辺令誠は深入りを恐れたため、仙芝は弱兵三千を残して進撃し、阿弩越城では偽装降伏の策で兵の不安を解き、無事に攻略した。
- さらに席元慶を先行させ、小勃律王と大臣たちを欺いて捕縛させた。王と吐蕃公主は石窟に逃げたが、のちに捕らえられた。
- 吐蕃と小勃律を結ぶ娑夷水の籐橋は、吐蕃援軍が来る直前に切断され、増援を断つことに成功した。
- 八月、高仙芝は小勃律王と吐蕃公主を虜にして帰還し、九月に連雲堡へ戻り、月末には播密川に至って捷報を奏した。
- だが河西に入ると、夫蒙霊詧は自分に事前報告せず独断で捷報を上げたとして仙芝を罵倒し、ねぎらいもしなかった。
- 辺令誠は、仙芝が万里深入りして奇功を立てたのに、今はかえって死を憂えていると奏し、この功を中央に知らせたところで巻は終わる。