資治通鑑晉紀四 孝惠皇帝上之上 元康 四年 294年
石鑒の死
- 春正月丁酉、安昌元公石鑒が死去した。
郝散の反乱
- 夏五月、匈奴の郝散が反乱を起こし、上党を攻めて長吏を殺した。
- 秋八月、郝散が兵を率いて降ろうとしたが、馮翊都尉に殺された。
飢饉と傅咸の死
- この年は大飢饉となった。
- 司隸校尉の傅咸が死去した。剛直簡潔で風格厳正な人物であり、初めて司隸校尉となった際には賄賂の横行を断つべきだと上言し、権豪の横暴がはびこる中、河南尹澹らを弾劾免官して、京師を粛然とさせた。
慕容廆・拓拔部の移動
- 慕容廆は居所を大棘城へ移した。
- 拓拔弗が死に、叔父の禄官が立った。