資治通鑑漢紀四十 孝和皇帝下 永元 十二年 100年
夏四月 山崩
- 戊辰、秭帰で山崩れが起きた。
秋 日食と太尉交代
- 七月辛亥朔、日食があった。
- 九月戊午、太尉張酺を免じた。
- 丙寅、大司農張禹を太尉に任じた。
迷唐の再叛
- 燒当羌の豪族迷唐は、入朝した後も、その種人は二千に満たず飢えに苦しみ、自立できなかった。
- 朝廷は迷唐に種人を率いて大小榆谷へ帰るよう命じたが、迷唐は、漢が河橋を設けたため官軍がいつでも来るので、旧地には戻れないと述べて拒んだ。
- 護羌校尉呉祉らは金帛を多く与え、穀物や家畜を買わせて早く出塞するよう促したが、羌の諸種はいっそう疑いと恐れを抱いた。
- その年、迷唐は再び叛き、湟中の諸胡を脅して率い、寇掠して去った。
- 王信・耿譚・呉祉はみな責任を問われて召還された。