長安築城の大規模動員
- 春、長安から六百里以内の男女十四万六千人を動員して長安城を築かせ、三十日でいったん役を終えさせた。
匈奴への和親継続
冒頓の無礼な書簡と季布の諫止
- このころ冒頓は最盛期にあり、高后へ送った書簡の言葉はきわめて不遜でみだらだった。
- 高后は激怒し、将相大臣を集めて使者を斬り、兵を発して匈奴を撃とうとした。
- 樊噲は十万の兵で匈奴を横行できると豪語した。
- これに対し中郎将季布は、樊噲こそ斬るべきだと強く言った。平城で高祖が包囲された時、樊噲は上将軍でありながら解囲できなかったのに、今なお傷痍の声が絶えぬ時に十万で横行などと語るのは、天下を揺さぶる妄言だとした。
- また夷狄は禽獣のようなもので、善言を喜ぶにも値せず、悪言に怒るにも値しないと諫めた。
- 高后はこれを是とし、大謁者張釈にへりくだった返書を書かせ、謝罪の意を示したうえで車二乗・馬二駟を贈った。
- 冒頓も再び使者を送って、礼義を知らず無礼だったと詫び、馬を献じたので、和親は継続された。
夏五月 東海王揺の立封
- 閩越君揺を東海王に立てた。
- 揺と無諸はいずれも越王句践の後裔で、秦滅亡に際して功があり、その民も彼らになついていたためである。
- 都は東甌に置かれ、世に東甌王と呼ばれた。
六月 長安築城の追加動員
- 諸侯王・列侯の徒隷二万人を徴発して、さらに長安城を築かせた。
秋七月 都廏火災
蜀の湔氐反乱