冬十月 張皇后の冊立
- 張氏を皇后に立てた。
- 彼女は帝の姉の魯元公主の娘であり、太后は外戚の結びつきをいっそう重くするため、これを帝に配した。
春正月 孝弟力田の旌表
- 百姓のうち、孝・悌・力田で名のある者を挙げ、その本人の賦役を免除した。
三月甲子 冠礼と法令整理
- 皇帝が冠礼を行い、天下に赦を施した。
- また、官吏や民に不便をもたらす法令を省き、書物所持を禁じる挟書律を廃止した。
長楽宮往来の複道建設
- 恵帝は長楽宮にいる太后へ朝夕に参上し、時に別に見舞いに行く回数も多く、警備のための蹕で民を煩わせていた。
- そこで武庫の南から複道を築いて往来しようとした。
叔孫通の諫言と原廟設置
- 奉常叔孫通は、そこは高帝の衣冠を月ごとに宗廟へ出遊させる道であり、子孫が宗廟の道の上を行くのはよくないと諫めた。
- 恵帝は恐れてすぐ壊させようとした。
- しかし叔孫通は、人主に過失があるとは言わず、いったん着工して百姓も知っている以上、渭北に原廟を建て、そこへ月ごとに出遊させれば、宗廟を広げる大孝になると提案した。
- 帝はその意見に従い、有司に原廟を立てさせた。
司馬光の評
- 司馬光は、人が過ちを犯すのは避けがたいが、聖賢はそれを知って改める点に優れるとし、誹謗の木・敢諫の鼓を設けた古の王者の例を挙げる。
- したがって、君主には「過ちはない」と言って取り繕うのではなく、過ちを認めて改めることを勧めるべきであり、叔孫通の言い方は君主に文過遂非を教えるものだと批判する。
宮中の火災
- 長楽宮の鴻臺が焼けた。
- 秋七月乙亥、未央宮の凌室が焼け、翌丙子には織室も焼けた。