- 要旨: 兵の根本は仁義にあり、戦は正しい統治が行き詰まったときの権道として初めて許されるとする。戦の作法・時期の慎み、天下泰平時の武備の維持、王・覇の諸侯統治の方法、そして征伐を発する際の礼と大義名分を説く。
仁義が兵の根本
- 古代は仁を根本とし義によって治め、それが正道であった。正道で意が通らないときにはじめて権道(戦)が用いられるのであり、権は戦から生まれるもので仁そのものから生まれるのではない。
- 人を殺してでも人々を安んじるならその殺害は許され、他国を攻めてもその民を愛するならその攻撃は許される。戦をもって戦をなくすのであれば、戦うこと自体は許される。
- 戦にも慎みがあり、春に東を征せず秋に西を伐たず、日食・月食があれば軍を退くなど、戦を減らす配慮がなされた。
- 仁は親しまれ、義は喜ばれ、智は頼りにされ、勇は身をもって示され、信は信頼される。内では愛を得て国を守り、外では威を得て戦うことができる。
戦の作法と武備を忘れない心構え
- 戦の道は、農時を妨げず、疫病に苦しむ民を戦に駆り出さないことにあり、これは自国の民を愛するためである。喪に服す国や凶事にある国につけこまず、冬夏には軍を興さない、これは敵味方双方の民を思いやる心である。
- 国がどれほど大きくとも、戦を好めば必ず滅び、天下がどれほど安泰でも、戦を忘れれば必ず危うくなる。
平時の武備演習
- 天下が既に平定されれば、天子は大がかりな凱旋の式典を行い、春秋に狩猟を催す。諸侯も春秋に軍を整え訓練する。これらはすべて武備を忘れないためである。
古の六つの徳(禮・義・信・勇・智)
- 古の戦では、逃げる敵を追うのは百歩まで、退く敵を追うのは三舎(一舎=三十里)までとし、これによって礼を明らかにした。
- 力尽きた者を追い詰めず傷病者を憐れむことで義を明らかにし、隊列を整えてから太鼓を鳴らすことで信を明らかにし、利ではなく義を争うことで義を明らかにし、降伏した者を許すことで勇を明らかにし、終始をわきまえることで智を明らかにした。
- これら六つの徳を時に応じて民に教え示すことが、民を治める道であり、古来の政の姿であった。
先王の治世と征伐の大義名分
- 先王の治は天の道に順い、地の利を適切に用い、官と民の徳を整え、名分を正して物事を治め、国を建て職を分かち、爵位に応じて禄を分けた。諸侯は心服し、海外の民も帰服し、訴訟も兵も止む、これが聖徳の治世である。
- それに次ぐ賢王の代には礼楽・法度を制定し、五刑を設け、甲兵を興して不義を討つようになった。天子が諸国を巡狩して諸侯を集め、異同を確かめ、命に背き常を乱し、徳に背き天に逆らって功ある君主を危うくする者があれば、まず諸侯に告げてその罪を明らかにし、天地の神々や山川・社稷に祈り、先王の廟に報告する。そのうえで冢宰(宰相)が諸侯から兵を徴発し、「某国は不道の行いをなしたため征伐する。某年某月某日に師を某国に至らせ、天子の正しい刑罰を行う」と布告する。
征伐の際の軍律
- 冢宰と百官は軍中に令を発し、罪ある者の地に入っても神々を汚さず、田猟を行わず、土功(灌漑・築堤等)を壊さず、家屋を焼かず、林木を伐らず、家畜・穀物・器械を奪ってはならないとする。老幼を見れば送り届けて傷つけず、壮年の者に遭遇しても抵抗しなければ相手にせず、もし敵が傷を負えば医薬を与えて送り返すべきだとする。
- 罪ある者を誅した後は、王と諸侯がその国を正し、賢者を挙げて明らかにし、正しい職掌に復させる。
王・覇が諸侯を治める六つの方法
- 王・覇が諸侯を治める方法は六つある。土地の形勢を利用する方法、政令によって公平に扱う方法、礼と信によって親しむ方法、財力によって喜ばせる方法、謀略に長けた人材で結びつける方法、兵革によって服させる方法である。
- また、患難や利益を共にすることで諸侯を結束させ、小国が大国に仕えることで諸侯間の和を保つ。
討伐すべき九つの罪
- 諸侯を集めて禁令を発する場合の対象として、九つの罪状が挙げられる。
- 弱者・少数をおびやかす者は罰する。
- 賢者を害し民を害する者は討伐する。
- 内で暴虐を行い外に侵略する者は追放する。
- 田野を荒廃させ民を離散させる者は領地を削る。
- 険固を頼んで服従しない者は侵攻する。
- 親族を害し殺す者は正す(討伐して正す)。
- 君主を追放・弑逆する者は残(討ち滅ぼす)。
- 命令に背き政を乱す者は封じ込める。
- 内外ともに乱れ禽獣のごとき行いをする者は滅ぼす。