說唐第四十七回 喬公山は命を受け降伏を勧め、尉遅恭は心ならずも主に背く (喬公山奉命招降 尉遲恭無心背主)
喬公山による説得の失敗
徐茂公は尉遲恭と親交の深い隠士・喬公山を推挙し、秦王は礼を尽くして招く。喬公山は介休城で尉遲恭に降伏を説くが、尉遲恭は「忠臣は二君に仕えず」と断固拒む。折しも城外で咬金・叔宝が挑発を仕掛け、双方が矢を射合う中、秦王は自軍の兵を制して城を包囲するに留めた。
尉遲恭は「主君(劉武周)が死なぬ限り降らぬ」と言い切ったつもりが、言い間違えて「主君と自分が死んだ後でなければ降らぬ」という趣旨の言葉を残してしまう。
偽首の計略
徐茂公はこれに乗じ、劉武周に似た容貌の兵・孟童を選び、子への恩賞と引き換えに首を差し出させる(本人も納得の上で命を差し出した)計略を立てる。この首を劉武周の首と称して喬公山に届けさせるが、尉遲恭は主君の身体的特徴(鶏冠状の後頭部)が異なることを見破り、偽首だと看破する。
劉文靜による本物の首の献上
徐茂公は、劉武周配下で内心唐への帰順を望んでいた兵部尚書・劉文静に密書を送る。手筈は次回に続く。