說唐第3回 流言を作って李淵は難を避け、叔宝は馬快として務めに従う (造流言李淵避禍  當馬快叔寶聽差)

流言による李淵排斥

晋王と張衡は、文帝が「洪水」に関わる名を忌む性癖を利用し、「李」姓が天下を取るという流言を広めて文帝の疑心を煽る。文帝は李渾一族を誅殺し、姓李の者を朝から遠ざける。李淵もこの機に乗じて太原留守を願い出て許され、赴任の途につく。

秦叔宝の人となりと交友

山東歴城の秦叔宝(太平郎)は武勇に優れ、義侠心から「小孟嘗」と呼ばれる。母寧夫人の心配をよそに、樊虎・王伯当・賈閏甫・柳周臣ら豪傑と親しく交わる。

秦叔宝、捕快となる

飢饉と盗賊の増加を受け、劉刺史は捕快を募る。樊虎の勧めに叔宝は当初難色を示すが、母の説得で承知し、都頭に任じられる。

黄驃馬との出会い

叔宝は賈閏甫の馬市で痩せ衰えた黄色の馬に目を留め、他に見向きもされない中でその馬を選び取る。以後養育により見違えるほど良馬に育ち、叔宝の名声は山東一円に広まる。

臨潼山への道

盗犯護送のため樊虎と山西へ向かう途上、臨潼山に至った叔宝は伍子胥廟に参拝しようと山へ登り、樊虎に先へ行くよう伝えて廟内でうたた寝する。