說唐第1回 済南で戦い秦彝は遺児を託し、陳国を破り李淵は美人を殺す (戰濟南秦彝托孤 破陳國李淵殺美)
南北朝の乱世と隋の台頭
上古以来の歴史が概観され、南北朝が並び立つ中、北朝の周が強盛となり、楊忠を元帥、その弟楊林を都総管として北斉討伐の大軍を興したことが語られる。楊林は万夫不当の剛力を誇る隋の好漢で、各地を攻略しながら濟南に迫る。
秦彝の討死と太平郎の逃避
濟南を守る武衛大将軍秦彝は、父秦旭を晋陽の戦いで既に失っていた。丞相高阿古が周軍を恐れて開城投降したため、秦彝は妻寧氏に子の太平郎(のちの秦瓊)を託し、家伝の金装鐧を残して奮戦の末に討死する。寧夫人は太平郎を連れて城を脱し、程有徳の未亡人莫氏の家に身を寄せる。太平郎は成長して秦瓊(字叔宝)と名乗り、莫氏の子・程一郎(のちの程咬金)と親しく育つ。
楊堅の隋建国
楊忠の子楊堅は異相の持ち主で、周の太子を廃して帝位を奪い、隋を建てて文帝となる。長子楊勇を太子、次子楊広を晋王とし、楊林を靠山王に封じるなど新体制を整え、南朝陳の併合を狙う。
陳国滅亡と後主の最期
陳後主は張麗華・孔貴妃らに耽溺し政務を顧みなかった。晋王楊広を都元帥とする隋軍が南下し、陳軍は各地で敗走。後主は麗華・貴妃と共に景陽井に身を投げるが救い出され、韓擒虎・賀若弼に降る。
張麗華・孔貴妃の誅殺と李淵・楊広の確執
晋王が張麗華らを得ようとしたところ、高熲の子の取り次ぎを不服とした李淵が独断で両妃を斬らせてしまう。晋王はこれを恨み、李淵への害意を抱く。凱旋後、晋王・楊素らは厚く封ぜられ、李淵も唐公に封じられるが、晋王の遺恨は消えない。
宇文述の献策
晋王は太子の座を得ようと画策し、腹心の宇文述・張衡を重用する。李淵だけは晋王への贈り物を拒み、疎まれる。宇文述は東宮を廃するための三策があると持ちかけるところで回が終わる。