西太后演義第五回 恩寵で貴人に昇進し、皇子を懐妊する (沐慈恩貴人升位 侍御寢皇子懷胎)

貴人となった不満と野心

  • 蘭兒(那拉貴人)は貴人に封じられたことに感謝しつつも、皇后の妹・鈕祜祿氏が自分より上位の「嬪」に封じられたことに不満を抱く。皇子を産んで寵を増そうと、以後いっそう咸豐帝に尽くすようになる。

元旦の宴と再びの寵愛

  • 新年の宴で咸豐帝は那拉貴人の美貌に改めて目を留め、その夜は皇后の宮に宿るが、翌夜には那拉貴人を召す。ほどなく懐妊の兆しが現れ、咸豐帝は「皇子を産めば妃に封じる」と約束し、那拉貴人は機知に富んだ受け答えで咸豐帝の歓心をますます得る。以後「那拉貴人」と呼ばれるようになる。

第一子は公主、失意と工作

  • 十月の後、那拉貴人が産んだのは皇子ではなく公主(女児)だった。落胆した那拉貴人は女児に辛く当たり、女児は間もなく夭折する。
  • 帝の寵愛にも陰りが見え始めたため、那拉貴人は康慈皇太妃の覚えを得ようと画策し、皇太妃付きの太監と縁のある侍女を使って賄賂を渡し、口添えを頼む。

太平天国の乱と政務への関心

  • 太平天国軍が南京を陥落させ洪秀全が「天王」を称するなど戦乱が広がり、咸豐帝は軍務に忙殺されて後宮を顧みなくなる。那拉貴人は宦官を通じて情勢を探り続ける。

元宵節の再会と「賢淑」の演出

  • 咸豐帝の脚気の悪化などで疎遠が続く中、元宵節の夜に那拉貴人が急に召される。彼女は「国事のため聖体を労わってほしい」と殊勝に奏上し、咸豐帝を感激させ、康慈皇太妃からも「賢淑」との評判を得ていたことが分かる。この夜再び懐妊し、那拉貴人は「懿嬪」に昇格する。

二度目の出産、再び公主

  • 期待に反し、再びの出産も公主であった。那拉懿嬪は落胆しつつも、以後は表向き穏やかに過ごし、朝廷の軍事情勢にも目を配るようになる。ある時、慌てた宦官の誤報を那拉懿嬪が宮門鈔の知識で正し、冷静に窘める場面もあった。

戦況の好転と康慈皇太后の遺言

  • 僧格林沁らの活躍で太平天国の北伐軍を撃破し、林鳳祥・李開芳を捕らえるなど戦況は好転する。咸豐帝は康慈皇太妃を皇太后に尊号を追加する大典を挙行し、その夜、興に乗じて那拉懿嬪の宮を訪れ、再び長い夜を共にする。この時の交わりで那拉氏は三度目の懐妊をする。
  • まもなく康慈皇太后は病に倒れ危篤となり、臨終の際に咸豐帝へ「恭親王奕訢を優遇せよ」「那拉懿嬪を大切にせよ」との二つの遺言を残す。これが後に両者が重んじられる伏線となる。

評語

本回は宮廷内外の出来事を那拉氏の視点に一貫させて描く。内事では終始那拉氏を中心に据え、外事(南北の軍事情勢)も那拉氏の口を通して語ることで、その聡明さと大志を同時に示す巧みな筆致となっている。