西漢演義第九十五回 栗布は洛陽で彭越を弔い哭す (栗布洛陽哭彭越)

太僕の讒言

彭越に酔って辱められたことを恨んだ梁の太僕は、長安に赴き「彭越が軍を集め謀反を企てている」と密告した。帝は陳平と相談し、彭越を召し出して反応を見ることとし、陸賈を使者に立てた。

彭越、召喚に応じる

大夫扈輒は「韓信の二の舞になる、行けば禍を招く」と強く止めたが、彭越は「疑いを晴らすために行くべき」と判断し、陸賈と共に洛陽へ向かった。帝は謀反の疑いを問い質すが、彭越は讒言だと弁明、御史台の審理が始まる中、梁の大夫扈輒も追って参内し「彭越は滎陽の危機を救った功臣であり、讒言で誅殺すれば天下の人心が離れる」と直訴した。帝はこれを容れ、彭越を死罪でなく蜀への配流に減じた。

呂后の介入

配流の途上、彭越は潼関で呂后に出会い助命を懇願、呂后は洛陽まで同行させると偽って安心させたが、実は帝に「虎を野に放つようなもの、今のうちに除くべき」と進言、密かに謀反の再告発を仕組んだ。帝はこれに従い、彭越を張倉に取り調べさせた。張倉は「戻ってきたこと自体が疑いを深めた、招罪するほかない」と説き、彭越は覚悟して罪を認めた。呂后の主張により、彭越は斬首の上、諸侯への見せしめとして肉醬(塩漬け)にされ、三族も誅された。

欒布の直訴

梟首された彭越の首を抱いて号泣する欒布という人物が現れ、「彭越は滎陽の危機で楚の糧道を絶ち漢を救った功臣だ、これほど残酷な処刑は暴秦にも勝る」と帝に直言した。帝はその義に打たれて欒布を赦し、都尉に任じようとしたが、欒布は官を辞退し彭越の遺骨を大梁に葬ることだけを願い出て許された。

英布への波及

肉醬にされた彭越の肉が諸侯に配られ、淮南王英布のもとにも届いた。使者が鹿肉と偽ったが、英布は口にして異変を覚え、真相を知って激怒し使者を斬り、挙兵に踏み切った。詳細は次回に語られる。