西漢演義第九十三回 呂后は未央宮で韓信を斬る (呂后未央斬韓信)

家僕の告発

韓信の密書を運ぶ役目の家僕・謝公著は酒に酔い、うっかり不用意な発言をしたことで韓信に疑われ、命を狙われかけた。夫人蘇氏の取り成しでその場は収まったが、翌朝真相を知った公著は逃走を決意、追跡を恐れて蕭何のもとへ密告に走った。

蕭何と呂后の計略

高帝からかねて韓信への警戒を託されていた蕭何は、呂后に公著の告発を報告した。公著は「陳豨の謀反は元々韓信の勧めによるもので、韓信は今また陳豨に長安急襲を促す密書を送り、自らも内応する腹積もりだ」と証言した。呂后が対応を問うと、蕭何は「牢の重犯を陳豨に見立てて処刑し、帝が陳豨を討ち勝利したという偽の捷報を流し、祝賀に出てきた韓信を捕らえる」計略を提案、呂后はこれを採用した。

韓信、罠にかかる

偽の捷報を信じた群臣は祝賀のため韓信を誘い、韓信も蕭何が味方だと信じて参内した。夫人蘇氏は不安を訴えたが、韓信は蕭何を頼りに大丈夫だと判断し登城した。祝賀の後、呂后は蕭何に命じて韓信だけを引き留めさせ、武士たちが取り押さえて長楽殿に縛り上げた。呂后は謝公著の証言と押収された密書、陳豨の自白を突きつけ、韓信は弁明を諦めた。

韓信の最期

韓信は「蒯徹の計を用いなかったことを悔いる、女子供に謀られるとは、これも天命か」と嘆きつつ未央宮の鐘室で斬られ、三族も誅殺された。処刑の日は昼も暗く不吉な様相を呈し、長安の民は皆嘆いたという。かつて韓信を三度も推挙した蕭何が、今回の陰謀に一言の弁護もしなかったことを非情と評する声もあった。

帝への報告

呂后は表と韓信の首級を陸賈に持たせ、邯鄲の帝に届けさせた。帝は表を読んで喜んだが、韓信の十大功勲を思い返し、「稀代の奇才を失った」と悼み涙を流した。首級は各地に伝えられ、人々は皆嗟嘆した。長安への急使から離反の中心人物の死を知った陳豨は、大声を上げて気を失った。次回に続く。