西漢演義第八十一回 楚の覇王は垓下で大戦する (楚霸王會垓大戰)
漢王と霸王の陣前対決
霸王は決戦を求めて出陣し、漢王も孔熙・陳賀を従えて陣前に立った。霸王が武勇を誇示すると、漢王は「勝敗は謀にあり勇にあらず」と応じ、激怒した霸王が槍を繰り出す。孔熙・陳賀が代わって応戦するが、五十合戦っても決着つかず、霸王の一喝に馬が怯む隙を突かれ、陳賀は脇を突かれ落馬、孔熙も兜を落として敗走するが、靳歙・柴武に助けられ難を逃れた。
深入りする霸王
霸王が漢王を追おうとしたところ、季布が詐計を警戒するよう諫めるが、李左車が現れ「陛下は既に罠にはまっている、降伏を」と挑発し、霸王は怒って追撃を続ける。李左車は姿を消し、代わりに漢兵が四方から殺到、韓信の大軍に完全包囲された。季布・鍾離昧の助けを得てなんとか脱出を図るところへ周蘭の部隊が駆けつけ、霸王はようやく重囲を脱した。
撤退の議論
黄昏に楚営へ戻った霸王は虞子期と善後策を協議、彭城に戻り軍を立て直す方針を固め、深夜に出発した。蕭県付近まで来ると、四方に漢兵と諸侯軍がひしめいているのを見て驚愕する。鍾離昧・周蘭は江東への退避を勧めるが、霸王は気性激しく「漢の諸将に敵う者なし」と強弁し、進軍を続けた。
彭城陥落と九里山の包囲
彭城に近づくと、既に四門に漢の赤旗が翻り彭城は陥落していた。霸王は雞鳴山から九里山へと転戦、王陵・盧綰・曹参・英布・彭越・周勃・張耳・臧荼ら八方の伏兵に包囲される。霸王は獅子奮迅の働きでこれを突破し、さらに薄昭・孫可懷・高起・張倉・戚思の五将、陳豨・傅寬・柴武・呉芮らとも交戦し、一日で六十余人の漢将を退けるという奮戦を見せた。夜、虞姫と再会し、周蘭らは漢軍の包囲が厳しいので夜襲への警戒を進言、霸王は八千子弟に護衛を固めさせ、虞姫と酒を酌み交わした。
韓信の持久策
漢軍が霸王を武力で抑えられないと見た韓信は、李左車と協議し、力攻めを避けて九里山を包囲し、糧道を絶って自壊を待つ策を立てる。左車は「項王を支えているのは諸将と八千子弟の結束であり、これを解体しなければ長期戦になる」と指摘し、韓信は張良を招いて策を求めた。張良は「楚軍を切り崩し八千子弟を離散させる策がある」と請け合い、韓信・左車に密かにその方法を語った。詳細は次回に語られる。