西漢演義第58回 車戦を用い韓信は楚に勝つ (用車戰韓信勝楚)

車戦の献策

韓信は滎陽近郊の平坦な地形を活かした戦車戦を提案する。牛に牽かせ方陣を組む戦車の構造や運用法を詳しく説き、漢王は喜んで三千輛の戦車を製造させる。

訓練と挑発

二カ月かけて車戦の訓練を行い、漢軍は五十万に膨れ上がる。韓信は楚の使者を買収し、あえて挑発的な書状を霸王に届けさせる。書状は義帝弑逆を非難し、韓信自ら報復に来ると宣言する内容であった。霸王は激怒し全軍を率いて出陣しようとするが、范増は「これは韓信の計略で伏兵に誘い込む罠」と諫めるも、聞き入れられない。

元帥復帰

一方、漢王からの詔書と元帥印が韓信のもとに届き、正式に元帥として復権する。

京索河の車陣による大勝

霸王が滎陽に迫ると、韓信は不動の構えで迎え撃つ。霸王自ら出陣し韓信を挑発するが、韓信は偽って敗走。追撃する霸王を京索河まで誘い込み、橋を落として退路を断ったうえで、四方から戦車の陣で包囲する。楚軍は身動きが取れず大損害を受けるが、季布・鍾離眜の別動隊が突破口を開き、霸王らはかろうじて脱出する。しかし十六将による包囲網に阻まれ、辛奇を討ち取るなどの応酬の末、季布の進言で小道から本営へ退くも、そこも既に漢軍に落とされており、霸王は再び漢軍と対峙することを余儀なくされる。