西漢演義第三十九回 檄書を集め、壇を築いて大将を拝命する (會角書築壇拜將)

角書の開示

  • 韓信は張良の角書を蕭何に示す。蕭何はこれが張良との約束の証と知り、韓信の器量を確信して深く感服する。

漢王、大将拝命を決意

  • 翌日、蕭何と滕公は角書を漢王に献上する。漢王も張良の推挙と知って驚き、韓信を将に任じることを決める。蕭何は軽い「将」ではなく重々しい「大将」として厚く遇さねば韓信は留まらないと進言し、さらに正式な築壇拝将の儀式(黄帝が風后を、武王が呂望を拝した故事に倣う)を行うべきと説く。漢王はこれを容れ、蕭何に壇の設計を命じる。

拝将の壇と儀式の支度

  • 蕭何は五方(中央・東西南北)の色・方位に応じた守備兵や祭具を配した壇の図を作成し、灌嬰に一月以内の造営を命じる。
  • 諸将は誰が大将に選ばれるか噂し合い、樊噲は自らこそふさわしいと自負する。漢王以下は三日間の斎戒に入る。

樊噲の抗議と拝将

  • 拝将の当日、漢王が韓信を伴い西門を出ると、大将が淮陰の韓信だと知った三軍は驚く。樊噲は不満を露わにし、韓信の卑しい出自と無実績を挙げて拝将に異を唱えるが、蕭何が厳しく叱責し、滕公も同調して、樊噲はその場で拘束される。
  • 壇上では三段の儀礼が行われ、太史の祝文(項羽の悪逆を糾弾し、韓信を大将に任じて義兵を興す旨)が読まれ、夏侯嬰が弓矢を、蕭何が鉞を、漢王自ら虎符・玉節・印綬・宝剣を韓信に授け、士卒と苦楽を共にするよう訓示する。

韓信の対策

  • 拝命した韓信は漢王に、項羽との勇・仁・強さの比較を問い、項羽の「匹夫の勇」「婦人の仁」(勇ましいが賢将を用いず、情には厚いが功に報いる決断力がないこと)を指摘する。また項羽が関中を捨て彭城に都したこと、義帝弑逆で人心を失ったこと、章邯ら三秦王が秦の民に恨まれていることを挙げ、漢王が仁政と論功行賞で対抗すれば三秦は檄一つで平定できると説く。漢王は喜び、韓信を得た遅さを悔やむ。