西漢演義第三十三回 韓信は楚に背き咸陽へ走る (韓信背楚走咸陽)
義帝の遺骸と埋葬
- 岸辺の老人・董公らは英布らの船が去った後、義帝の遺骸を探し出す。夜、水面に浮かぶ遺体を引き揚げると、玉環を趾にはめた龍の相を持つ人物と分かり、義帝と確信して丁重に殮を整え、郴州へ運んで埋葬する。董公は漢王を盟主に立てて仇を討とうと衆に諮り、賛同を得る。
范増の諫止も届かず
- 英布らは彭城で范増に義帝殺害の経緯を密告する。范増は自らが義帝を擁立した経緯を思い後悔し、遷都をやめさせようと季布らと共に咸陽へ向かう。
- 咸陽で范増は項羽に、真の脅威は義帝ではなく劉邦であり、遷都すれば三秦の守りが緩み劉邦が桟道を破って出てくると諫めるが、項羽は既に号令を発した以上取り消せぬとして退ける。英布も同様に諫めるが聞き入れられず、項羽は韓生の処刑を引き合いに反対を封じる。范増らはやむなく行装を整える。
韓信、陳平の助けで出奔
- 韓信は張良との対話以来、漢へ帰る志を固め、家僮を淮陰へ帰した後、陳平の家を訪ねて心を打ち明ける。陳平も項羽の失政(義帝殺害・遷都・韓生処刑)を見限っており、韓信の漢中行きに賛同し、関所を通れるよう自分の印信文書を与える。
- 韓信は「三秦との軍務のため」と偽って安平関を通過する。
追跡と関所での斬殺
- 二日後、韓信の不在に気づいた門吏が范増に報告し、范増は逃亡を確信して項羽に急報する。項羽は鍾離昧に二百騎を与えて追わせるが、既に三日が過ぎており、鍾離昧は三秦へ檄を飛ばして追撃させるに留め、自身は咸陽へ戻る。項羽は韓信を軽視し捨て置く。
- 韓信は散関を通過し三叉路で地理図を確かめていたところ、韓信の人相書きを持った追手に呼び止められ、宝剣で追手とこれに続いた五人の兵を斬り殺し、なおも西へ急ぐところで終わる。