西漢演義第三十二回 覇王は江中で義帝を弑する (霸王江中弒義帝)

張良、韓信に手筈を授ける

  • 張良は韓信に角書と、桟道以外の隠し道(陳倉口から孤雲嶺・雨腳山・雞頭山を経て褒中へ至る近道)を記した地理図を渡し、他言せぬよう命じる。自らは項羽の遷都後に諸国を遊説し、諸侯を反楚に導くと告げて咸陽を離れる。韓信も家僮を淮陰へ帰し、出立の機をうかがう。

義帝への圧迫と暗殺の謀

  • 彭城で義帝の郴州移転を督促していた范増に対し、義帝は「君臣の道理が転倒している」と厳しく詰る。范増はやむなく項羽に報告する。
  • 項羽は義帝が彭城を離れたがらないことに激怒し、劉邦への疑心とも重ねて義帝を除く決意を固める。九江王英布・衡山王吳芮・臨江王共敖に長江中で待ち伏せさせ、義帝を迎えると見せかけて殺害し、船の遭難による水死と偽装するよう命じる。
  • 項羽は義帝へ、彭城は要衝で不適、郴州こそ帝都にふさわしいとする書を送る。

義帝の郴州行きと最期

  • 義帝は項羽の督促の激しさに抗しきれず出立を決める。彭城の民は別れを惜しみ、義帝も涙する。
  • 長江口で白魚が舟を阻み、暴風で帆柱が折れる不吉な兆しが続き、夜には夢に金童玉女が現れ龍宮へ誘う(赤帝子=劉邦に位を譲るべしとの暗示)。近臣は凶兆として引き返すよう勧めるが、義帝は約束を違えられぬとして聞き入れない。
  • 翌日、川の中程で英布らの船に囲まれ、玉符金冊の引き渡しを迫られる。義帝は彼らを罵るが斬り込まれ、供の者は殺され、義帝自身は項羽を呪う言葉を残して川に身を投げ、行方知れずとなる。

民の憤りと英布の逃走

  • 英布らが義帝を弑した後、迎えに来ていた岸の民衆が騒ぎ立て、英布らの逆賊たる罪を鳴らし、盟主を立てて仇を討つと叫ぶ。英布らは風向きが悪く上陸できず、民衆は散っていったところで終わる。