西漢演義第二十回 劉沛公は軍を返し灞上に至る (劉沛公還軍灞上)
嶢関攻略の計略
- 張良の献策で酈食其・陸賈を守将のもとに送り賄賂と講和を持ちかけて油断させ、その隙に薛欧・陳沛らに間道から関の背後へ回らせて放火させ、樊噲が正面から攻めることで嶢関を陥落させた。
咸陽入城と秦王子嬰の降伏
- 敗走した韓栄を追って灞上まで進んだ沛公に、秦王子嬰は素車に乗り玉璽を捧げて降伏した。沛公は諸将の求めに反し、子嬰の助命を決めた。
秋毫を犯さぬ入城
- 咸陽入城後、諸将が財貨を争って奪う中、蕭何だけは秦の丞相府の図籍・戸籍を接収し、天下の地勢や戸口を把握する礎とした。
- 沛公は秦の壮麗な宮殿・美女財宝に心を動かされ居座ろうとするが、樊噲・張良の諫言を受けて思いとどまり、宮門を封鎖して軍を灞上に退かせた。
法三章と民心の獲得
- 蕭何の勧めで沛公は父老を集め、秦の苛法を廃して「殺人者は死、傷害・盗みは相応の罪、他は寛大に」という約法三章を布告した。民は歓喜し、贈り物も辞退したためますます沛公を慕った。
項羽の西進
- 河北を平定した項羽も諸侯を率いて咸陽を目指し進軍を始めた。