西漢演義第五回 不韋は異人をひそかに国へ帰す (不韋竊異人還國)
脱出の計略
- 呂翁と朱氏母子は先に邯鄲を出て秦へ向かった。
- 呂不韋は公孫乾と碁を打って親しみ、城外の園への遊覧に誘い出す計画を立てる。当日、酒宴と女楽でもてなして公孫乾らを泥酔させ、その隙に異人を連れて夜陰に紛れ咸陽方面へ逃走した。
趙の追跡と秦将の救援
- 公孫乾は目覚めて異人の逃亡に気づき、藺相如に相談。趙王は激怒し、公孫乾に追跡の兵を出させ、漳河の守将李継叔にも捕縛を命じた。
- 呂不韋と異人は漳河を通過し黄河東岸まで逃れたが追手に迫られたところ、秦将章邯の迎えの軍に救われた。章邯は李継叔・医和・公孫乾らの追撃を退け、異人一行を無事に咸陽へ送り届けた。
子楚への改名と立太子
- 異人は華陽夫人が楚の出身であることから楚の装束で謁見し、夫人は喜んで彼を「子楚」と改名させた。
- 子楚は呂不韋の功を父・安国君に訴え、不韋は厚遇された。
- 昭王に事の次第が奏上され、呂不韋は太子少傅に任じられる。皇姨の勧めもあって、安国君と華陽夫人は正式に子楚を嫡子と定めた。