三略上略

  • 要旨: 主将にとって最も重要なのは人心を掌握することであり、剛柔・強弱を使い分ける柔軟さ、士を厚遇する礼と実利、そして号令と賞罰の徹底が国と軍の存亡を決めるとする。

人心を得ることが国の存亡を決める

  • 主将の要諦は英雄の心をつかみ、功に賞禄を与え、志を衆と通じ合わせることにある。衆と好悪を同じくすれば事は成り、逆にすれば傾く。
  • 人を得れば国は治まり家は安んじ、人を失えば国は亡び家は破れる。生きとし生ける者は皆、志を遂げたいと願っている。

剛柔・強弱を併せ用いる

  • 『軍讖』を引き、柔は剛に勝ち、弱は強に勝つとする。柔は徳、剛は賊にあたり、弱者は人に助けられ、強者は怨みを買って攻められる。柔・剛・弱・強の四つをそれぞれ場に応じて用い、事の宜しきを制するのが要諦である。
  • 事の兆しが表に出ないうちは人に知られない。天地の運行や万物の変化に応じ、常に定まった形を持たず敵に応じて姿を変え、自ら先んじず動いて相手に随う者だけが、際限のない謀をめぐらし天の威を助け、天下を平定できる。こうした謀をなす者こそ帝王の師である。
  • さらに『軍讖』を引き、強さを貪る者は多いが、微かな兆しを守れる者は少ない、微を守れる者だけが生を保てるとする。聖人はこれを胸中に秘めて事に応じ、広げれば四海を覆い、縮めれば杯にも満たない。邸宅や城郭によらずこれを胸に蔵すれば、敵国も服すという。
  • 重ねて『軍讖』を引き、柔剛・強弱を併せ用いる国は光り栄え、どちらか一方に偏る国(純柔純弱、純剛純強)は必ず削られ、あるいは滅びるとする。

賢と民を頼みとする

  • 国を治める道は、賢者と民とを頼みとすることにある。賢を腹心のように信じ、民を四肢のように用いれば、策謀に漏れがなくなる。四肢と骨節が助け合うように、天の道理として自然に事が運ぶ。

衆心への対処(軍国の要)

  • 軍国の要は衆の心を察して施策を行うことにある。危うい者は安んじ、恐れる者は喜ばせ、離反した者は復帰させ、怨む者は許し、訴える者はよく調べ、卑しい者は貴くし、強すぎる者は抑え、敵対する者は退け、貪欲な者には富を与え、欲する者には望みを叶えさせ、畏れる者はかばい、謀を持つ者は近づけ、讒言する者は覆し、誹る者は復権させ、背く者は廃し、横暴な者はくじき、満ちる者は減らし、帰服する者は招き、服従する者はそのまま処遇し、降伏する者は解き放つ、というように衆心の状態ごとに対応を変える。
  • 獲得した物についても、堅固な地は守り、険阻な地はふさぎ、難所は駐屯し、城を得れば分け与え、土地を得れば裂いて分与し、財を得れば分散して施す。
  • 敵情に応じて、動けば窺い、近づけば備え、強ければへりくだり、逸れば追わず、驕れば待ち、暴虐なら緩め、道に悖れば正義をもって臨み、和睦していれば離間を図り、順に事を挙げてくればくじき、勢いに乗じて破り、放言があれば見逃し、四方から網をかけて捕らえる。
  • 戦後処理の原則として、得ても私有せず、居ても長く守らず、抜いても長居せず、立てても取らない。事をなすのは己自身だが、その利を得るのは士であり、利がどこにあるかを己は問わない。諸侯にはその土地を治めさせ、己は天子として、城は自ら守らせ、士は自ら処するに任せる。

民を富ませ士を選ぶ

  • 先祖を敬う者は多いが、下の者を大切にできる者は少ない。先祖を敬うことは親への道であり、下を大切にすることは君主としての道である。下を大切にする者は農桑の時節を奪わず、租税を軽くして民の財を涸らさず、徭役を減らして民を労せしめない。そうして国が富み家々が楽しんでこそ、士を選んで民を治めさせるべきである。
  • 士とは英雄のことである。英雄を網羅すれば敵国は行き詰まる。英雄は国の骨幹、庶民は国の根本であり、骨幹を得て根本を収めれば、政は行われ怨みは生じない。

士を厚遇する道

  • 用兵の要は礼を尊び禄を重んじることにある。礼を尊べば知恵ある士が集まり、禄を重んじれば義ある士が死をも軽んじて尽くす。賢を優遇して財を惜しまず、功に対する賞を時機を逃さず与えれば、下の力は一つにまとまり敵国は削られる。爵位で尊び財で厚遇すれば士は自ら集まり、礼で接し義で励ませば士は命をかける。
  • 将は士卒と苦楽・安危を共にしてこそ、敵に立ち向かえる。昔、酒を贈られた将軍がそれを川に投じ、士卒と共にその川の水を飲んだという故事が引かれる。一坛の酒で川全体の味が変わるわけではないが、三軍の士がこぞって死力を尽くそうとしたのは、その心遣いが自分にも及んだと感じたからである。
  • 『軍讖』を引き、井戸が掘り終わらぬうちは将は渇きを口にせず、幕舎が整わぬうちは疲れを口にせず、炊事が済まぬうちは飢えを口にせず、冬に裘を着ず夏に扇を使わず雨に傘をささない、これを将の礼とする。安危を共にすればこそ、その軍は結束して離れず、酷使しても疲弊しない。恩を絶えず施し、謀を常に一致させることで、少ない恩をもって万を得られるとする。

号令と軍政、そして統率の巧拙

  • 『軍讖』を引き、将の威は号令にあり、戦の完全な勝利は軍政にあり、士が死を軽んじるのは命令に従うからだとする。将が命令を撤回せず、賞罰を天地のごとく必ず信を守れば、人を動かし、士卒に命を懸けさせ、境を越えて戦わせることができる。
  • 軍を統べ勢いを保つのは将だが、勝敗を決するのは衆である。将が乱れれば軍を保てず、衆が疲弊すれば人を伐てない。城を落とせず包囲も解けなければ、いずれも功なく士力は疲弊する。士力が疲弊すれば将は孤立し衆は乱れ、守れず戦えば敗走する。これを「老いた兵」と呼び、将の威が行われなくなり、士卒は刑を軽んじ、軍は隊列を失い、逃亡者が出て、敵に付け入られ、ついに軍は壊滅するという悪循環が説かれる。
  • 『軍讖』を引き、良将は己を律する心で人を治め、恵みを推し及ぼして日々士気を新たにし、風のように動き河の決壊のように攻めるので、その軍は望まれても敵しがたく、下すことはできても勝つことはできないとする。将が自ら先頭に立てば、その兵は天下の雄となる。また賞罰を軍の表裏に例え、賞罰が明らかであれば将の威は行われ、人材を得れば士卒は服し、任じた者が賢であれば敵国は畏れるとする。
  • 『軍讖』を引き、賢者の行くところ前に敵なしとし、士は下手に出ても驕らせてはならず、将は楽しませても憂えさせてはならず、謀は深めても疑わせてはならないとする。士が驕れば下は従わず、将が憂えれば内外の信頼が崩れ、謀に疑いが生じれば敵国は勢いづき、乱を招く。将は国の命運を左右する存在であり、勝利を制してこそ国は安定する。

将の器量と過失

  • 『軍讖』を引き、清廉・冷静・公平・整然、諫言を受け入れ訴えを聞き、人材を受け入れ意見を採り、国俗を知り山川を図り険難を把握し、軍の権を制する、これらを将の資質として挙げる。仁賢の知恵、聖明の考慮、身分低い者の言葉、朝廷での議論、興亡の事例まで、将たる者は広く聞くべきだとする。士を渇するように求めれば、策は自ずと従うとされる。
  • 一方、将が諫言を拒めば英雄は去り、策が用いられなければ謀臣は離反し、善悪を区別しなければ功臣は倦み、独断すれば下は咎を将に帰し、自らの功を誇れば下の功は少なくなり、讒言を信じれば衆の心は離れ、財を貪れば不正が横行し、私生活を顧みれば士卒も乱れる。こうした過失が一つあれば衆は服さず、二つあれば軍に規律がなくなり、三つあれば下は敗走し、四つあれば禍は国に及ぶとする。
  • 『軍讖』を引き、将の謀は秘密を、士衆は一致を、攻撃は迅速を要するとする。謀が漏れれば奸心が閉ざされ、士衆が一致すれば軍の結束が固まり、攻撃が迅速であれば敵の備えが間に合わない。逆に謀が漏れ、内情を敵に窺われ、財が軍営に入り込んで不正が集まれば、軍は必ず敗れる。将に思慮がなければ謀臣は去り、勇気がなければ士卒は恐れ、軽率に動けば軍は重みを失い、怒りに任せれば全軍が畏縮するとする。

財と賞、民への恩恵

  • 『軍讖』を引き、軍に財がなければ士は集まらず、賞がなければ士は進んで戦わないとする。香ばしい餌の下に死魚あり、重い賞の下に勇者ありとし、礼は士の帰するところ、賞は士が命を懸けるところであるとする。約束した礼や賞を後になって惜しめば士は動かなくなるため、礼と賞を絶やさず与え続けることが説かれる。
  • 『軍讖』を引き、兵を興す国はまず恩を厚くすべきであり、攻め取る国はまず民を養うべきだとする。少数で多数に勝つのは恩によるものであり、弱をもって強に勝つのは民の支持によるものである。良将が士を養うのに労を惜しまなければ、三軍が心を一つにし勝利を全うできる。

情勢の把握と国力の実情

  • 『軍讖』を引き、用兵にあたってはまず敵情を察し、倉庫を見て食糧の多寡を測り、強弱を占い、地の利を察し、隙をうかがうべきだとする。国に軍旅の難がなくても兵糧を運ぶこと自体が国力を消耗させる兆しであり、民の顔色に窮乏が見えれば貧困の兆しであるとする。千里の彼方に兵糧を送れば士に飢色が生じ、遠征が長引けば十分に食べられない。千里・二千里・三千里と遠くなるほど蓄えは尽き、国は空虚となり民は貧しくなり、上下の心が離れ、敵はその隙を衝き、内では民が離反する、これを必ず崩壊する国の姿とする。

悪政の諸相(国を滅ぼす兆し)

  • 以下、『軍讖』を数条引きながら、亡国につながる悪政の型を列挙する。
  • 上が虐げれば下も酷薄になり、重税と際限のない刑罰で民が互いに傷つけ合う「亡国」の状態。
  • 内心は貪欲でありながら表面は清廉を装い、公の恩を私物化して評判を得、上下の判断を惑わせる「盜端(盗みの端緒)」。
  • 官吏が徒党を組んで縁故で人を進め、不正な者を取り立てて賢者を退け、私を立てて互いを誹る「乱源」。
  • 有力な一族が徒党を組み無位ながら権勢を振るい、権限を奪い民を侵し、臣がそれを覆い隠して言わない「乱根」。
  • 世代を重ねて不正を働き公権を侵し、文書を弄んで君主を危うくする「国姦」。
  • 官吏が多く民が少なく、身分の上下が曖昧になり強弱が奪い合い、それを禁じる者がなく君子にまで及んで国が咎を受ける状態。
  • 善人を進めず悪人を退けず、賢者が隠れ不肖の者が地位につき、国が害を受ける状態。
  • 枝葉(傍系・縁者)が強大化して徒党を組み、卑賤な者が貴い者を凌ぎ、それが久しく続いて上が廃せずに国が敗れる状態。
  • 佞臣が上位にあって軍中が訴えを起こすほどでありながら、君主の威を借りて衆に逆らい、進みも退きもせずただ取り入り、専断して功を誇り、盛徳を誹謗し凡庸を称え、善悪の区別をつけず自分に阿る者ばかりを重んじ、政務を滞らせ命令を通さず、苛政を作って古い定めを変える、こうした佞人を用いれば君主は必ず禍を受ける。
  • 姦雄が互いにかばい合って君主の明を覆い隠し、毀誉が入り乱れて聡明さを塞ぎ、それぞれが私に阿って君主に忠臣を失わせる状態。

結び:人心を得る君主の要件

  • 君主が異説をよく察してその萌芽を見極め、儒者・賢者を招けば姦雄は退き、経験を積んだ年長者を用いれば万事が治まり、在野の賢者を招けば士は実を得、身分低い者の意見にも耳を傾ければ功は成り、人心を失わなければ徳は広く行き渡る、と結ぶ。