三國志卷十一 袁張涼國田王邴管傳第十一 邴原
遼東での学識
- 邴原、字は根矩。北海朱虚の人。管寧と共に節操で知られた。黄巾の乱を避け遼東に至り、同郡の劉政を公孫度の追及から匿い保護し解放させた逸話がある。遼東で多くの遊学者を集め、教えの声が絶えなかった。
太祖への出仕
- 帰郷後、司空掾に召された。娘の死に際し太祖が愛子曹沖との合葬を求めた際、「合葬は礼にあらず、明公が私を用いるのは私が礼を守るからだ」と述べて辞退した。丞相徴事・五官将長史を歴任し、非公事には門を閉ざして応じなかった。孫権征討に従軍中に没した。少年時代の苦学の逸話(貧しさから師に学資なしを訴え、志のみで学ばせてもらった話)も伝わる。