三國演義第一百一十八回 祖廟に哭し一王は孝に死し、西川に入り二士は功を争う (哭祖廟一王死孝   入西川二士爭功)

蜀漢の降伏

  • 綿竹陥落の報に成都は動揺。譙周は魏への降伏を強く主張し、南蛮や呉への逃避策を退ける。
  • 後主の子・北地王劉諶は降伏に猛反対し、妻を殺め自らの子も手にかけたのち、昭烈廟で先祖に詫びて自刃する壮絶な最期を遂げる(詩でその烈しい忠義を讃える)。
  • 後主は諫めを聞かず、輿に棺を載せる降伏の作法で城外に出て鄧艾に降る。鄧艾は丁重に迎え、蜀漢は滅亡する(詩でその顛末を悼む)。

姜維の偽装降伏

  • 剣閣の姜維は後主の降伏命令に諸将が激高するのを鎮め、密かに鍾会に降って内側から蜀復興を図る策を立てる。
  • 姜維は鍾会に取り入り義兄弟の誓いを結び、鍾会の鄧艾への対抗心を煽る。

鄧艾・鍾会の確執

  • 鄧艾は独断で降伏後の処遇(後主を扶風王に封じる案など)を進言し、司馬昭の疑念を招く。鍾会も司馬昭に取り立てられ、二人の対立が深まる。
  • 姜維は鍾会に鄧艾の野心を吹き込み、鄧艾を排除するよう仕向ける密計を進める。
  • 司馬昭は鍾会の増長も警戒し、自ら大軍を率いて長安に向かう。